透明なキスに眼を凝らす

「雨だと、外に出る気がなくなっちゃう」

 女がふと呟いた言葉が耳に残った。
 御手杵が肉体を得てから一年と半年。梅雨を体験するのは二度目だが、それでもその意味はよく分かる。
 部屋干しを強いられた衣服の湿り気。口を塞ぐような重い空気。人を陰鬱にさせるためだけに存在するような季節だ。
 女は窓際に座り、憂いた面持ちで濡れた庭をじっと見つめている。

 そうか――梅雨が続けば、彼女はずっとここにいるのか。

 御手杵はすぐさま頭を振った。
 そんなわけがない。雨に人を直に縛るような力はない。ただ、気を滅入らせる。それだけだ。
 早く晴れるといいな。女を抱き寄せ、御手杵は囁いた。





 今年の梅雨はやけに長引いた。
 女はまた外を見つめている。整えられた庭は雨に濡れても尚美しいが、やはりどこか息を潜めたような空気を纏わせている。

「いつになったら晴れるんでしょうね」

 女の足は湿った土を踏もうとはしなかった。仕事絡みの最低限の外出のみをこなし、あとは本丸に籠もりきっている。
 しかし、その視線は未だ焦がれるように窓の外に張り付いて離れない。幾度目かも分からぬ思慕を羨み、御手杵は眉を寄せた。

「晴れたら、何をするんだ」

 遠くを追っていた眼差しが男に寄せられる。

「何をしたいですか」

 女が首を傾げ、尋ねてくる。

「あんたに聞いてるんだけど」

 御手杵は口を尖らせた。
 女は何やら思いを巡らせている様子だった。一拍置き、それから悪戯っぽく顔を綻ばせる。
 急に、男の胸がどくりと鳴った。


「私は御手杵と出かけたいです」

 いつものカフェでゆっくりしたいな。そうだ、靴を買うのにも付き合ってくれませんか。梅雨が明けたらもう夏も盛りですし、そうしたらまた新しい靴を履いて出かけたいです。

 ここでしたいこともたくさんあるんですよ。みんなで花火とか、流しそうめんとか。楽しそうじゃないですか? 去年は何もしなかったから。

 ほかにも、……――御手杵?



 御手杵は呆気に取られたように女を見つめていた。彼女の言葉が淀んだ頭を揺らす。

 ああ、そうか。

 今更気づく。呆然としながらも、御手杵の頬は知らず知らず緩んでいた。
 梅雨が終われば、盛夏が訪れる。恋人と一緒に過ごす、初めての夏が。

「ああ、楽しみだな」

 大輪の花を思わせる笑顔が瞼の裏に焼きつく。
 雨などなくとも、彼女は傍にいてくれるのだ。





 本丸に久方ぶりの陽が差したのは、その翌日のことだった。




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きみがため様の掌編投稿企画「四季諷詠」に提出いたしました。


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