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目の前はだだっ広い草原。地平線の果てまで緑と薄茶色だけだ。その中に、まるで放りだされたようにぽつんと自分を含めて4つの影。……まあ、あたしとせりは実際に放り出されたんだけど……。

今足に力が入らないあたしは、柔らかい草の上に座り込んでいる。膝には、まだ目を覚まさないせりの頭を乗せてる。
せりの体の上には、少しすり切れた跡やら破れたところが目立つ、使い古されたマントが掛けられていた。さっき助けてくれた、赤い髪の人が掛けてくれたものだ。

あたし達を助けてくれた赤い髪の人と……緑の髪で、片方の頬に不思議な模様がある男の子…羽が生えていた人。その二人は、あたしの前で何やら話をしている。
何を言っているかわからないけど、時々ちらりとあたしに向ける視線は、まるで迷子の子供を見るような心配そうな目だった。

とりあえず、いい人に助けられた……のかな…。片方の男の子は人なのか分からないけど……。さっきまであったのに、なんでか今は羽生えてないし…。
い、いや、今はもうそんなことはもう細かい事だ!なんかもう突然過ぎて混乱も通り過ぎちゃったし、そんな事考えてる暇があったら、助けてくれたこの人たちに感謝しなきゃ……!!
それから、この後どうしよう……。有紀と七瀬もいないし、せりは目を覚まさないし……。

はぁ、と一つため息。本当に今日でどれだけため息ついたんだろう……。もう肺に穴が空いてもおかしくないよ……。

俯いていたら、ふっと影がかかった。顔を上げてみると、赤い髪の人があたしの目の前に立っていた。彼はにっこりと満面の笑みを浮かべて、あたしと同じ視線になるようにしゃがみ込む。そして、自分自身を指差した。

「りと!」
「え?」
「り、と。りと。りーと!」

赤い彼は何度も何度も、短い発音の物を区切りながらあたしに話しかけてくる。この単語を覚えて!と言いたげなのは、声と表情で分かった。
これは、もしかしなくても。と彼がしたいことを、おそらく察せたあたしは目の前にいる人をおそるおそる指差し、口を開いた。

「り……リト…?」
「!!」

彼はぱぁ!と嬉しげな表情をして、腕いっぱいを使って丸を作った。さっきからずっと言っている単語、「りと」というのが彼の名前なのかなって思ったのが当たったみたい…!よかった……!!

間違っていたらどうしようと思っていたから、ほっと安堵の息を吐く。
赤い彼……リトは、そんなあたしの頭を撫でた。それは落ち着かせよう、と思っている物とは少し違うようで。どっちかというと動物が芸を覚えた時に褒めるみたいな、わしゃわしゃと言った感じに撫でてきた。

「わ、わっわ、ちょっ、まっ」

流石に髪がぐっしゃぐしゃにされる!リトに停止をジェスチャーすると、気づいてくれたのか頭から手を退けてくれた。リトの顔は、なんというか申し訳なさそうにしている。やっぱり聞き取れない言葉を言ったけど、表情からして「ごめんな」と言う感じに謝ってくれたのかな。

大丈夫、と口にしながら思わず笑みがこぼれた。言葉は伝わってなくても、多分伝わってる……はず。

リトと二人で、言葉は通じてないのに笑い合っていたら、つんっと服の裾を引っ張られた。そっちを見てみると、あの羽の生えていた男の子がいた。
年齢は大体……あたしと同い年か年下のような、少し幼さを残している顔立ちだった。間近で見ると、やっぱり顔の模様が気になるなぁ……。

「よー、く」
「あ、えっと、……も、もう一回……!」
「よ ぉ く」

彼もリトと同じく名前を教えてくれているんだろうけど、二回じゃやっぱり聞き取れない…!
指を立てて、もう一回!と頼むと少し呆れた表情で、今度は更にゆっくりと同じ単語を言ってくれた。

「よ、ヨー…ク…?」
「ん、」

正しい発音だったみたいで、男の子…ヨークはこくっと頷いた。
リト……ヨーク……見た目からわかってたけど、日本人ではないよなぁ絶対……。ていうかここが地球であるかすらわからない。

……なんか、混乱通り過ぎてるって自覚してるのもあるけど割と冷静にいる自分が怖い……。普通の中学生ならもっとパニックになろうよあたし……。…まさか有紀の中二病発言ですでに耐性がついてたのかな…!?

………あり得なくもない。……うん、あまり嬉しくないけど、パニックにならなかった理由だろうし有紀に感謝しとこう……。

変な葛藤をしていたら、リトがまた心配そうに覗き込んできた。何か言ったけど、本当に聞き取れない。

「な、なんでもないよ!気にしないで!!」

手を横に振って笑ってみると、納得したのか頷いた。うーん、意思疎通……出来てるのかな……?
あたしが首を傾げていたら、リトは笑顔であたしに指差した。……あ、そうか!

「つ、つば、き」
「つつ?」

あたしの名前を聞いているんだ、と考えたのは当たっていた。けど、伝えるのなかなか大変そう…!あたしも二人の名前聞き取るの大変だったし…。
とにかく、つが二回なのは間違いだから必死に手を振って否定する。

「違うの!えっと……つ、ば、き」

区切って行ってみるけど、リトとヨークは首を傾げてから、あたしと同じように人差し指を立ててもう一回!と促した。
さっきよりもゆっくりと自分の名前を名乗る。

「んー……つばき?」
「そう!!」

綺麗に自分の名前を言ってもらえて、思わずぱあっと笑みがこぼれて指で円を作った。それを見ていたヨークが、何かをいいながら突然ケラケラと笑い出した。
え、な、なんだろう…?何か変なことしたかな……。

ヨークの行動にきょとん、としているのはあたしだけでリトも何やら楽しそうに笑っていた。く…!言語の壁って辛い……!!

そうだ、せりの名前も言わなきゃ……。と、思ったのに、それは二人の行動によって遮られた。


あたしの膝で未だ気絶しているせり。せりに掛けていたマントを避けてから、体をリトが起こして、そのままヨークの背中に乗せた。恐らく同じぐらいの身長はあるせりを、軽々と背負って歩き出すヨーク。

「え、え?」
「つばき!」

混乱していたあたしの手を、リトが掴んでぐっと引っ張った。その力に促されるまま立ち上がり、自然に前に足が進む。
それをみてリトは、よし!と言いたげな満足そうな表情になった。


家にいたから、靴なんて履いていない。
あたしは、裸足でどこまでも広がる草原の草を踏みしめて、まるで本当に勇者のようなリトに引かれるまま、見知らぬ世界で前に進んだ。

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