お花見デート



「この曲がさ、渋くて良いんだよ」



ふんわりとしたパーマの男は、ハンドルをきりながら独り言のように言った。これぞロック!って感じがする、よくわかんねーけど。と続けてから、相槌は待たずにボーカルの声を追いかけて小さく歌う。直後にきつめのカーブを曲がって、車内のふたりは揃って右へ傾いた。

彼、片桐は古い曲が好きだ。普段はひたすら流行を追いかけているくせに、有本とふたりきりのドライブではいつも古いロックを聴きたがる。曲が入っているのはずっと昔に使われていた『カセットテープ』という非常にアナログなメディアで、彼はここに録音された数曲を聴くためだけにカーステレオを改造していた。今販売されているパーツにはカセットテープに合うものがないから、ジャンク屋の裏という裏からかき集めた化石のような古いパーツで作ったのだという。

音は決して良くない。ノイズが多すぎて常にくぐもった音しか出ないし、ちょっとした段差に乗り上げると高確率で音が飛ぶ。
だから有本は、何度も聴いたその曲の歌詞を未だに知らなかった。英語の歌詞だったので、余計に。

「ああ、良いな」

だが、それでも悪くないと思っていた。自分がこの曲の生まれた時代に生きていた訳ではないのに、聴いていると不思議と懐かしいような気分になる。

「だろ」

片桐はにんまりと目を細め、少しだけ有本の方を見た。すっかり上機嫌だ。冬の終わりの日差しが暖かいのも、彼をそうさせる理由のひとつだろう。

「…ねえ、外、見てみ」
「外、」

言われるがまま窓の外へ視線を移した有本は、おお、と思わず感嘆のため息を吐いた。

随分と長く続く、終わりの見えない桜並木。
道路の両端に構える桜はまだ満開とはいかないが、見るのに早すぎるということもない。満開になれば葉が混じるまではあっという間であるから、寧ろ丁度良いくらいだろう。幹まで色づく姿は美しく、風が吹けば雪のようにちらちらと、咲いたばかりの花弁が散っていく。

「…呼人クン、ずーっと口開きっぱなしだよ」

スパナ入っちゃうんじゃね?と片桐が悪戯っぽく言うので、有本ははっとして口を閉じ、その端をわざとひん曲げた。元々良くない人相が益々凶悪になる。

「…そんなことを言っているが、お前だってこれを見に来たんだろう」
「べつに。見せてあげよーと思った」
「、………そうか」
「つーか、お前も知ってるかと思ってた。結構な規模だから目立つし、割と人集まってるし」

彼の言う通りこの場所は穴場という訳でもなく、車道からその詳細までは確認できないが、遠くにちらほらと出店らしきものも見えている。平日の昼間でもこの時期は春休み、人も多ければ車も多い。
道の端には幾つもの車が駐車されており、前の車の進みも緩やかに滞り始めているようだ。

「知らなかったな。ここはあまり仕事で通った記憶がない」
「あー、そうかも。いつもは最短ルートでゴリゴリ進むからねえ…まじ車かわいそすぎだからあ」

冗談めかした口調に有本が珍しく笑って、珍しくノリの軽い謝罪をして、それからゆっくりお互いの笑いが収束して、以降ふたりは黙った。
有本はもうしばらく桜を眺めていたかったし、片桐は彼がそう思うだろうと考えてここへ通りかかったのである。邪魔する理由はどこにもない。

片桐は有本ほど桜に拘りはなく、花見は実際のところ、花が見たくてするものではないと思っていた。あれは大人数が集まって酒を飲むためのものだ。
今回のように、純粋に花を見せようと思うならそれとは別の方法を取るべきであるし、だからと言って自分がつまらないのは嫌だ。
そこで現在の状況である。お気に入りの曲を聴きながら、ゆっくりと桜を堪能する。車から一歩も出ないので、まだ時折吹く冷たい風を浴びることもなく、ガラス越しのまろやかな日差しだけが車内に届く。渋滞は嫌いだが、それもここに留まる時間が増えると思えば苦にはならない。

素晴らしい。完璧だ。

ものすごく不穏なものを発明したマッドサイエンティストのような感想を心の中で呟いた片桐は、満足げにフロントガラスに目をやった。ワイパーのあたりに早くも白く薄い花弁がつもり始めていて、掃除めんどくさそー、と思った。


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