優しくしたい!


どうしても彼が好きな気持ちを抑えられなくて、僕はある時、彼から顔を奪った。

僕は僕にいつも優しくしてくれる○○○のことが大好き!僕が自分の趣味からちょっとだけ妙な行動に出てしまっても、ニコニコしながら見捨てずにずっとそばにいてくれるんだ。それで僕の頭を撫でてくれて、お前は本当に俺がいないと駄目なんだから、なんて言って恥ずかしそうに笑って、キスをしてくれた。

でも僕にはどうしても、○○○のその顔が目障りだった。彼のことが嫌いな訳じゃない、愛している。だけど、だからこそ彼に顔は必要ないと思っていた。何もかもが完璧な○○○の中で、それだけが酷く醜かった。
○○○の顔は他の人に比べて整っていて美しい、らしく、女子から想いを告げられている場面は何度か見たことがある。不思議な話だ。

僕は人の顔の造形が大嫌いだ。自分の顔を見るのが嫌すぎて、片っ端から鏡を叩き割ってしまうくらいに。
身体のゆったりとした線と違って、顔にはあまりに沢山の線が、情報が集まりすぎている。表情を変えるとぼこぼこ動くし、目や鼻、口、耳と、大量の穴が空いている。皮膚の切れ目から覗く濡れた内部。中身。どうしようもなく気持ちが悪い。一番耐えられないのが口だ。まず唇、これが吐き気を催す程に気持ち悪い。何故あんな色なのか、細かく寄った皺、皮膚が裂けたところから微妙に盛り上がり、当たり前のように存在する。身体の外でも内でもない。そしてそれを開いた奥の口腔。何故皆は身体の内部が見えることを普通に受け入れているのだろうか。赤くて濡れていて、ぐちゃぐちゃしていて、肉を突き破って歯が見えて。大きく開けば喉の方まで見えてしまう。考えただけでも具合が悪くなってきた。

だから僕は○○○に顔が無ければ良いのにとずっと考えていた。○○○はあんなに優しくて格好良くて僕を好いていてくれるのに、顔がある。僕が初めて彼に興味を持ったのは、彼が体育の授業で剣道の試合をしていた時だった。一目で恋に落ちた。いつもあれを被っていてくれたならいいのに。良かったのにな。

彼が笑うたび顔は盛り上がったりへこんだりして、目はぱちぱちぐるぐると動き回るし、喋れば顎が動き、唇が開き、その汚い中身が見えてしまう。大好きな○○○の、ぐちゃぐちゃした、てらてらした、赤くてうねる舌が、見えてしまう。酷く残念だ。その度僕は愛しさと吐き気の入り混じった絶望的な不快感に襲われなくてはならなかった。

正直に言えば、彼の顔を潰そうと思ったことは一度や二度ではなかった。だがいつも踏みとどまっていた。自らの手で直接鼻や耳をむしり取るなんて、そんなおぞましいことはできない。直に他人の顔面に触れるなど、到底耐えられることではないだろう。自分の顔だって一日に何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も洗って脂を落とし切っているのに。
道具を使って顔を削ぐことも考えたが、そんなことをすれば肉を千切る感覚はそのまま手のひらに届く。ラリった殺人鬼じゃないんだから、人間の肉なんて千切りたい訳がない。顔嫌いな人でなくとも、そんな感覚は知りたくない筈だ。もし知ってしまったなら心に大きな傷を負うか、酷ければ頭がどうにかなってしまうだろう。

それでずっと○○○に顔は必要ないと感じながら、触れられないために全く実行に移せない日々が続いていた。
そんな時だった、理科の授業を終えたぼくの手に、劇薬の瓶が握られたのは。

僕は瓶にヒビを入れてから、○○○の顔面に勢い良く叩きつけた。瓶が割れ、硝子の破片と中身の何とか酸?とかいう名前の劇薬が彼の皮膚に惜しみなく降り注いだ。その際自分の腕にも少し付着し、じりじりと表皮が焼けただれる。
我ながら良いことを思いついたものだ。これなら自分でほとんど手を触れることなく顔面を潰すことができる。これで真っさらな、情報の少ない顔になってくれれば最高だ。もう何も汚い部分のない最高の○○○ができる。
○○○は酷く苦しんで奇声を発しながらもがいていて、少し可哀想だとも思ったけれど、完成までの辛抱だ。これが終わったら、目一杯愛してあげるんだ。僕の全部の愛と出来るだけの優しさを込めて、大切に大切にしてあげるんだ。


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