目の前にいる彼、ミョウジさんは、僕が突然この部屋に入ってきた事に大して驚いていないようだった。一言で彼の表情を言うなら、無表情。
「聞いたよ。君、授業を全く受けてないんだってね」
「生憎、貴方と違って忙しいの」
「それに昼ご飯を同じクラスの人と食べていない…」
「誰と食べるかって私の勝手だよね」
「そんな事、あっていいはずがない!」
「人の話、聞いてる?」
無表情から少し困ったように笑ってみせるミョウジさん。だけど声には多少の怒気が含まれていた。
彼は風紀委員長の机の棚を開けて、何かを探し始めた。
「誰からその事聞いたのか知らないけど、私は授業もテストも受ける必要がないの。理事長から許可も貰っているし」
彼が棚から取り出して見せたのは一枚の紙だった。
おそらく彼の言う許可証。右下にアレクセイ理事長のサインと四角の印鑑が押されている。
ナマエ・ミョウジはこの学園において、小等部・中等部・高等部・大学部の授業及び定期テスト等を免除する───
「先生方から君に定期テストを受けさせてほしいと依頼があった」
「それの意味わかってる?」
「何が言いたい」
「貴方を1位から引きずり下ろしてほしいって事」
最後に彼は不敵そうに微笑んだ。
これが昨日の事。今はエステリーゼ様に誘われて、Sクラスで昼食を取っている。
昨日の事を思い出すだけで腹立たしい。また眉間に皺が寄るのが分かる。
「で、ナマエと喋ってみてどうだった?初めてだったんだろ?」
昨日、僕が教室を飛び出したのを追わなかったメンバーに、応接間であった事全てを話せと言われて話した。
ガイが目を輝かせながら質問した事に僕は不機嫌さを隠す事なく答えた。
「風紀委員長にふさわしい、腹立たしい性格だったよ。何が1位から引きずり下ろすだ。僕だってここに来て1度も満点を取った事がないんだぞ!そもそもっ!!」
「まー落ち着けってフレン。そろそろ体育館行こうぜ、今日はS、A、Cクラス合同なんだからよ」
合同体育で喜んでいるユーリが本当に羨ましいと思った。
AとCが合同なんて滅多にないからな!と言う彼に、今日やるバスケで八つ当たりしようかと思ったのは内緒だ。
ルークと一緒になって合同体育を喜ぶ幼なじみが煩いと思いつつ、2番目に広い第一体育館に着いた。
女子も此処でバレーをするとエステリーゼ様が言っていたから、半分は男子、半分は女子が使うんだろう。
授業開始のチャイムと同時に、男子の体育を担当する先生が体育館に入ってきた。
ここまではいつも通り。そう、いつも通りなんだ。
ただ違うのは、先生の後ろに今最も会いたくない人物がいる事。
「ナマエが授業に出るなんて…」
彼の登場に、女子を含む全員が驚いていた。平然としているのは本人と教師2人。
いつものように授業を始めようとする先生の声を遮って、僕のじゃない声が広い体育館に響いた。
「ミョウジ!貴様は何故そこにいる!」
「授業受けるからに決まってるでしょ」
ソディアだ。遠くからでも分かる、彼女は怒っていると。
「そんな事を聞きたいんじゃない。お前はこっちだろう!男女は分かれて体育をするんだ!」
「そうですナマエ!女子はこっちです!一緒にしましょう?」
え、この2人の会話からするとミョウジさんは女って事なんだけど。
いつも男子の制服着てるから男じゃないの?隣にいるユーリに聞けば、あいつは女だぞ!?って驚かれた。いや、驚きたいのはこっちだ。
痺れを切らした女子の方を担当する先生がエステリーゼ様とソディアを叱って、いつも通りに準備体操をしてチーム分けをした。
僕はAチームで、ユーリはCチーム。まず最初に対戦するのはAチームとBチーム、CチームとDチーム。
ルークがBチームのようで、相手のスタメンに入っていた。
ただ気掛かりなのはミョウジさん。さっきのチーム分けに参加していなかったし、何故か堂々と先生と並んでベンチに座っている。
それで授業に参加しているつもりなのか?
じっと彼、じゃなくて彼女を見ていると目が合った。合った瞬間睨まれた。
すると彼女は立ち上がって、Bチームの4番。つまりキャプテンに向かっていった。
「ルーネス、代わってくれない?」
さっき僕を睨んだ人とは思えない。ニコニコと人当たりの良さそうな笑みを浮かべていた。
ルーネス騙されるな!その人は自尊心が高くて、睨んだ時の顔なんて通常時とは全くかけ離れているんだぞ!いくら今、天使のように笑っているからって!
「いいぞ、その代わりちゃんとやれよ?」
「わかってるよー」
ルーネスが騙された理由。それは彼がミョウジさんの本性を知らないからだと思う。