バレンタインはあくまで恋人同士を祝福する日であって、決してチョコをプレゼントする日じゃないのだ。
チョコを渡す、という文化は私の住まう国独自のものであり。
その文化はお菓子会社の策略である。
「てな訳で、策略に填まって自分で買えばよくない?」
「意味ねぇだろ」
放課後。私からチョコを貰ってない、を理由に私の前の席に座って向かい合うユーリ。
なんでよー、と口を尖らせれば、溜息の後に肩を竦ませたユーリ。
「大体それは、"贈るために買う"を前提条件とした策略だ」
「自分で買う。自分に贈る。…オッケーじゃん?」
「全然オッケーじゃねーよ」
何を意地になってるのかね、この黒助は。
わざわざ私から貰わなくとも、買うか他の女子に貰えば――というか、貰ってるからいいじゃない。
「そんなにいっぱい食べたら鼻血出るよ。……ユーリが鼻血とか笑っちゃーう!」
「笑うな馬鹿ナマエ」
頭に打ち付けられた丸まった教科書は中々の強度で、彼が手加減していようと痛い。
てか、その教科書私の!
「それに、俺が求めてるのは量じゃくなて質だから」
「うわー。高いの買えよ、って言いたいのね」
「違うっての」
身を乗り出して、頬杖を突いたユーリの深い紫色の瞳。私の目線と絡ませ、離さない。
「どうでもいい女から貰ったって嬉しくねーよ」
「御愁傷様ー。今、全国のチョコ貰えなかった男性に恨まれたよー」
「ナマエのが欲しい」
「……スルーですか」
真っ直ぐに見つめられ、動揺してしまう。こんな事しか言えないくらい。
無駄に綺麗な顔してるんだから、見つめないでよ。恥ずかしい。
「………………どんなのがいい?」
「おっ。やっと折れた」
だってもう、これ以上は心臓に悪い。
さっきまでムスっとなっていたのに、すっかり晴れやかな顔になってる。単純だな。
「で?」
「チョコプリン」
「はいはい。買ってきますよーだ」
何なら手作りでもいいけど?
なんて笑うユーリの能天に、丸みを帯びた教科書の角を。
調子に乗るな!
結局は策略に填まるんだ。
(はい、ユーリ)
(サンキュ。……って。なんかこのプリン、どろどろしてないか?)
(バーテンダーを目指してシェイクしました)
(阿呆かお前!)
(私がやれば何でも良かったんじゃないのー?)
(……)