88


「ねえ、三日月」
「うん?なんだ主」

顔を上げるよう言われ、また三日月と目を合わせた。
その瞳に宿る三日月はやはり綺麗だ。しかし目の前に居るにも関わらずとそれは果てしなく遠いように思える。

「何故前代である審神者の声に応えたの?何て言われた?三日月は何がしたいとか、そういう交渉を持ちかけたり?」
「おお、矢継ぎ早に。質問攻めというやつだな」

火照る顔を隠すように押さえおずおずと謝れば、興味を持たれるのはいいことなので気にする必要はないと宥められる。

「まあ、前の主からはお前が想う歴史を後世に語り継げ・・・と。そんなところだったか」
「三日月が想う、歴史」

なんだろう、三日月が見てきたあるがままの歴史とは少しフィーリングが異なるように思えた。
物であり人の身を得た今の三日月宗近として。そう捉えられる言い回しだ。

「そして、交渉・・・だったか?俺から要望はしていないな。特に制限をかけられることや追及されることもなく気ままに過ごしてきたつもりだ」
「じゃあ今は?三日月はこの本丸を存続させようと頑張ってきたでしょ。わたしはそれを全力で応援したい。継承はできた今、でもその先が霧掛かっていて目指すものがイマイチわからない」

主である自らが口にしたのは弱音ともとれる。失望させてしまったかもしれぬとわたしは薄氷を履む思いで、じっと目を合わせてくる三日月の返答をただただ待つ。

ところが不意に起き上がる彼。病み上がりを心配し焦るわたしにもう大丈夫だと笑む。
そして枕元に置いていた様々な装飾品の中から髪飾りを手にし、それを無言で差し出してくる。付けろ、という意味だろう。

受け取った髪飾りを手にしながら彼の髪に指を通す。三日月の髪に触れるのは初めてで、清光や安定ともまた違う質の手触りが新鮮である。

「三日月。前に正しい歴史とは、って言ってたでしょ?」

先ほどの発言に対する彼のリアクションは特になさそう。そう思い直し、わたしはもう少しだけ言葉を紡ぐことにした。

「現代まで語り継がれたものだけがすべてでも本当に正しいのではないと学びましたって。数日経った今もその考えは変わらないんだけど、だからこそ正しい歴史ってどこまでが正しいのかわからなくなってしまう。敵側になってないか、時折心配になる」

わたしは三日月の髪飾りを付け整えながらであるし、彼の表情は確認できない。それをいいことに溜め込んていた想いをすべて言葉にした。

「三日月たちにはずっとそんな想いをさせてるよね」

正しいとされている歴史を覆そうとする歴史修正主義者率いる歴史遡行軍。日々の報告書をまとめる中で、彼らの目的を考えざるを得ない。
勝利が正しいと認識されてきた戦乱の世は間違いであると歴史改変するもの。後世で娯楽として扱われるくらいならその諸説を史実にしてしまおうとするもの。
そのものらの通りにさせる訳にはいかないけれど、想いは受け止めねばならないなのだ。受け止めたうえで兵刃を交え、あるがままの歴史を守る。それが刀剣男士。

「そうかもしれないな」

布団に立ち上がったことで背丈が逆転し見えた哀愁ある笑みはぽつりと肯定の言葉を紡ぐ。

「この身でいられる限り両の耳で、目で・・・あらゆるまことと相まみえる。万が一だ、見極めを誤ったときには主が正しい判断を下せるように頼んだぞ」

[]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -