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大事をとり眠っている彼に先ほどの青白さや怪我はなく、規則正しい呼吸が目に見えて確認できる。

14時頃に撤退してきた三日月率いる第一部隊の隊員は各々着替えに行った。なお急遽食事が必要になったので長谷部らは軽食の準備へと向かい、清光は上機嫌でわたしの寝室へジャージを取りに行ったのだった。

そんなこんなで手入れ部屋に三日月とふたりきりで居る訳だが、傍らに座り彼をじっと見ていたら向こう側の横髪が顔へかかっているのに気が付いた。
ところが退けてあげたくて彼のもとへ伸びばした己の手は、あと少しのところで躊躇ってしまうのであった。

足利家、豊臣家。そして徳川家と、時の権力者から大切にされてきた三日月宗近という刀。
あまりの美しさに試し斬りすら拒まれ、その後も使われることがなかったと語られている。

彼以外にも長い間飾られていたり、蔵にしまわれていたものは案外多い。
ちなみに刀としては若いのに最も人を斬っただろうと言われているのは和泉守兼定だ。
それを踏まえると、平安生まれの三日月が長い刃生の中で誰もが口を揃え美しいが故使えなかったというのは本当にすごいことなのだとわかる。

そもそも、彼らは何故刀剣男士として力を貸してくれたのだろう。
目の前にいるこの三日月宗近も、清光以外の他のみんなも、わたしが直々に呼び起こしたのではない。前代の声に呼ばれそれに応え生まれた。

前代は何と呼びかけたのだろう。
ここにいる三日月も、前代と何を約束したのか。
今はまだ形式上引き継ぐことに精一杯であまり考えてあげられなかったけれど、本当はちゃんとひとりひとり聴かせてもらいたい。

「そんなに見られてはまた穴が空きそうだな」
「わ、起きてたの・・・」

慌てて手を引っ込め姿勢を正すわたしに、ゆっくりと目を開く三日月は微笑む。

「銃とは凄いのだな」

もう、帰っては来れないと思っていた。そう呟いた彼の目はぼんやりと天井を見つめており、それは実に哀しそうな面持ちである。

「帰ってきてくれてありがとう」
「なに、隊員が撤退という判断を下してくれたからだ。そうだ、服を汚してしまった。すまない主よ」

三日月の血が染み込んだわたしの服は、乾き始めている部分もあり肌触りのよかった布地がかたく変化していた。
こんなの洗えばよいのだとかぶりを振って即座に言い返すが、今日という記憶までも洗い流してはならないと深く深く胸に刻む。

「・・・もういくらでもなおせる自信がついた。だからこれからも帰ってきてね」
「はっはっは。そうかそうか、この数日で随分と頼もしくなった」

怪我をしても帰って来た甲斐があった。そう言う彼に、わたしは深々と頭を下げる。
わたしがみんなに唯一できるのはそれだけなのだから、しっかりしなくちゃいけないのだ。

「みんなにだけ辛い想いや痛い想いをさせてしまっているのに、それをこわがったり目を背けてはいけなかった。わたしは直接的に歴史改変を防ぐことができない。みんながいないと何もできない。」
「俺たちも主が居ないと何もできない。主あっての刀よ。でなければ・・・また飾られているだけであったり、何処かで深い眠りにつくものや永遠に彷徨うものも中には存在するだろう」

現存していても武器として扱われる時代はとうに過ぎ去った。今も丁重に扱われているとはいえ、美術品としての話。
また逸話より生まれし現存しない刀、そして既に物としての役目を終えた刀。彼らの存在は実に儚いもの。一体どうなってしまうか。

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