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長谷部に史実を教えてもらっていると、突如わたしを呼ぶ悲痛な叫びで本丸の庭へ飛び出した。

履物を履くことさえ惜しみ時空転移装置の前に辿り着くと、真っ赤に染まった三日月が倒れ込んでいた。
三日月!そう呼んでも彼は目を開けることも、指先ひとつ動かすこともない。

「運びます」
「待って!ここで・・・ここで手入れする」

長谷部らが手入れ部屋へ運ぼうと恐る恐る伸ばす手を制し、わたしはこの場で三日月の手入れをしようと力を込める。
何故なら、彼はまさに折れる寸前であるから。長谷部らも触れようにも迷いが感じられたし、兎にも角にもそのくらい危急存亡な状況だ。
けれどこんなところで手入れを始めるなど想像もしていなかった隊員や駆けつけた本丸の仲間たちみんなが二三度パチパチと瞬きをしている。そんな中わたしは構わず地面に膝をつき意識のない三日月の手入れする。

患部を見なくてもできるならここでもしてみせる。
できるかじゃなくて、やってやる。

理論なんて考えずただただ直したいがため三日月に呼びかけ続ける。それでも彼は生死を彷徨い眠ったままなので、わたしは更に力を込め手入れに励む。
地面の砂が止めどなく流れ出た彼の血と混ざり合い、自らの膝をついていたところまでも泥濘ませる。それが思った以上に滑りバランスを崩しかけるも長谷部が咄嗟に支えてくれたので三日月のもとへ倒れ込むようなことは防げた。

前代未聞の方法ではあるものの少しずつ手入れができている。けれど、もっと早く血を止めないと。
あっという間に地を泥濘ませるほど背中に傷を負っているのだろうか?先にそちらを手入れするべきなのだろうか、と。力を使いながらフル回転する思考は目に汗が入って邪魔をされる。
しかしそこでふと思った。三日月は着物だからわかりにくいけれど、防具の壊れ方や着物の乱れ方が斬られたようなものではないのだ。というより、斬り傷なるものは見られず顔も返り血を浴びているだけである。
そして彼は血生臭さ以外にも、嗅ぎ慣れない焦げ臭さを纏っている気がした。
したがって、銃や大砲により致命傷を負ったのではないだろうか?そういう考えに至った。

見たことのない彼の撃たれる姿が脳内にチラつく。かぶりを振り、今一度目の前の三日月に向き合う。彼はいまだ眠り続けている。

それでも患部は見えずともその部分の衣服が元に戻りつつあるからうまく手入れされている証拠だ。少しずつでもいい、この本丸を誰よりも存続させようと頑張ってきた彼を折らせるわけにはいかない。

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