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わたしを泣かせたと茶化されしゅんとする長谷部も自室に戻り、ここにいるのは清光と安定だけになった。
ふたりもお腹を空かせているはずではないのかと問う。すると清光は遠征先が夏季だったこともあり食事よりもお風呂に入りたがる。それに対し安定は部屋の壁掛け時計に目をやった。

「まだ準備中だと思うよ」
「って思うじゃん?ここで入るから問題なーい」
「でた。でもここ狭いだろ」
「え、失礼な。わたしは毎日ここだけど」

安定は何でも正直に物言う。今の発言もそうだ。
本気で機嫌を損ねた訳ではないが頬を膨らませブーイングしてみると彼はマイペースに、んーと考え込む。

「くるみも今度向こう入らせてあげようか?」
「へ・・・?そりゃ入ってみたいけど、みんなに手間暇かけちゃうし大丈夫だよ。ありがと」
「そう?別にみんな入りたきゃ入っていいって言うのに。あっ、待ってよ清光!僕も着替えはするさ!」

コートを脱ぎかっちりしたシャツにぱたぱたと風を通す清光は相当気持ちが悪い様子で、ひとまず着替えを用意してくると早足で部屋を出て行った。
それを慌てて追いかける安定。その後ろ髪がいつもに増していくらか膨張しているように窺える。
他のみんなはもう比較的日本のじめじめとした暑さに慣れてたのかもしれない。ただ彼の髪は湿気に影響されやすいのだろう。
そう考えると和泉守の長髪はとても綺麗に維持されていて、人とは異なる刀剣男士といえども随分と個人差があるのだなと少し笑いが込み上げた。





清光がお風呂に入っている間、ソファーで寛ぐ安定と執務室で過ごす。

「待ってあげるの優しいよね。安定だってお腹空いてるでしょ」
「んー、まあね」

先ほどお茶を用意あげようとしたのだが、冷たい方がいいと思い直し急須にお湯を入れるギリギリのところで冷蔵庫に作り置きしておいた麦茶へ変更した。
急須に入れてしまったお茶っ葉は勿体ないのでわたし自身が飲むことにし、氷をいくつか加えた麦茶を安定に手渡した。
彼はお礼を言い嬉しそうに麦茶で喉を潤していた。

わたしは今遠征の報告書を打ち込んでいる最中で、キーボードの音に紛れ時折聞こえてくるある音が気になった。
鳴らしているのはもちろん安定。ソファーの方へ目を向けてみると、マグカップをひっくり返し残った氷をまたひとつ口の中に流し込むところだった。そして砕ける音。この音が先ほどから聞こえてくるのだ。

まだ飲み足りないのかなと思う一方で、お腹が空いているからなのかもしれないという考えに至る。

「あ、安定」
「んー?」

引き出しの飴をひとつ手渡してあげる。両脇が捻ってあるタイプの包み紙なので、彼もすぐに中身に辿り着く。指で摘んだらまずは鼻に近付けにおいを確かめ、無言でわたしの顔と交互に見ながらもミルク色の塊を口に放り込んだ。

「甘い。牛乳みたいな味」

飴の部類ではあるが次第に柔らかくなるそれを、やっぱり安定は早々に氷のように噛んでいる。

「お腹にはたまらないけど甘くておいしいや」
「包み紙の模様いくつあった?少しでも欠けてるのは除外してね」
「え?うーんと、10かな?」
「すごい。レアだよ」
「レア?なんで生なの?」

うっかり用いてしまった横文字だが、どうやら料理好きな燭台切らのおかげでレアという言葉は生を意味すると把握しているようで彼は首を傾げる。
ごく稀であるときにもレアと言うことがあると教えてあげると、ややこしいと眉を寄せてしまった。

「僕は外国語覚えるの苦手。清光はすぐ覚えちゃうでしょ」
「確かに」

スマホにオムライス、パンケーキ。トリートメント。ハンドクリーム。どれもすぐに覚えてしまった。

今安定とわたしがそれぞれ頭に浮かべている加州清光との想い出は別個体の加州清光だ。

けれど順応性の高さに関しては差というものはないようで会話は違和感なく成立する。それがおかしくてわたしたちは少しの間笑い合った。

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