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「やあ、おつかれさま。食事の用意ができたから迎えに来たんだ。ああ、キリのいいところでいいよ」

開けっ放しの扉をノックしたのは松井江だった。
彼はわたしがキリよく終わるまで待ってくれるらしい。あと2分、と伝えると彼は高雅な笑みを見せた。

早く終わらせてしまおうとキーボードを鳴らす中、松井江がデスクトップを覗き込む。その際、デスクに置かれた指先に目が行く。

「きれいな色」

彼の爪につんつん触れ、本人もこれのことかという顔をする。

「ありがとう。しかし意外だな、貴方はてっきり血の色が最も好ましいのかと思っていたよ」
「赤が?」
「ほら、貴方のそばにはいつも血のような(あけ)があるだろう」

・・・・・・。そうか、清光のこと。清光の色はだと思っていた。でも松井江に血のような色と言われてなんだかびっくりするほどとてもしっくりきた。

「僻みに聞こえてしまったら申し訳ない。違うんだ、僕も好きな色だから」
「それ、よかったら今度清光にも言ってあげて?すごく喜ぶと思う」
「いいよ。彼には随分と世話になったからね」

あらかじめ提示していた時間内に一区切りついた。PCは午後も使うため電源は落とさずお待たせしましたと声をかけて立ち上がると、彼はさり気なく椅子のキャスターを転がしてデスクに収めてくれた。

「ありがと。やさしいね」
「爪を褒めてもらったお礼さ」

長い廊下を並んで歩きながら、わたしは隣の彼がよく口にする血について考えてみた。
輓近の記憶でいえばやはり重傷となった五虎退の血。真っ白な彼が血と泥に塗れてしまっていたあの夜。
今でも肌が粟立ち松井江にどうかしたかと声をかけられる。

「血、というかみんなの血がね。こわいの。だから早くなおさなきゃと思うものの、焦りすぎて空回りする。早く慣れてしまえばいい話だけど、それはそれで違う気もする」
「貴方自身の血は怖くないという言い回しだね?」
「わたしの・・・?えっと、それはまあ。自分のだし」

自らの血。その問いに対し考えを巡らせる。みんなのような理由で血を流すことはないが、生理で見慣れている。もはや恐怖を感じることなどない。
何故そんなことをきくの?という顔が全面に出てしまっていたのか、彼は困った様子でわたしと目を合わせる。

「血を浴び、血を流し続けるのが僕の業。できれば味方には流させたくない。そして何より、今の僕は貴方に一滴たりとも血を流させやしない」

自分の生命は度外視しがちだ、と言いたいのだろうか。確かにそれは一理ある。

「しかし万が一・・・それこそ貴方の血を見た時には、僕は頭に血が上りに上って一体どうなってしまうのだろう。まあでも貴方の血に興味はあるかな。その血色の良いふっくらとした唇はどんな血が流れているのだろう、ってね」

食事の部屋の敷居を跨ぐ直前、不意に肩を掴まれたと思えば水色の爪がわたしの唇に触れ少しだけかたちを変えた。

青みがかった瞳の奥からひしひしと伝わる血への執着。

身体に触れてきた指の主が思いの外至近距離であったこと。

このふたつの要因に全身が硬直する。

「冗談さ。さあ、今日はレバーの竜田揚げだよ」

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