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「駄目でしたか?」
「駄目じゃ、ないけど」
「でもまあ好みはやっぱり主さんのかな。いいにおい!」
「わっ、近い」

遠慮なく鼻先を髪に近付ける彼に動揺してぎゅっと目を閉じる。ところがそんなのおかまいなしに、そうそうこのにおいですと納得している鯰尾。

「乱も主さんのが気に入ってて本丸のみんなには大切に使えって口酸っぱく言ってるんですよ」
「そ、そうなの?保管する場所に余裕あるなら多めに頼んでおこうかな」

あまりに近いので彼からもシャンプーの香りがする。言われてみればさっきのアプリコットとは違う香りもして、たぶんメンズシャンプーのすっきりとした香りが鼻をかすめる。
いつまで近くにいるのだろうと恥ずかしさも限界に近付いていたところ、電子音が鳴り彼はレンジからマグカップを取り出してくれた。

ホットミルクに粉末を加え、ティースプーンでぐるぐると撹拌。ホットココアが出来上がった。
それを各々持ちソファーに向かい合って座る。

「ココアだよ」
「初めて飲みます」

今度はココアをくんくん嗅ぐ彼が甘いにおいだとぽつりと呟く。できたてだからやさしく息を吹きかけながらいただきますと言い、マグカップに口をつけた。

「おいしいー!」

きらきらな瞳をわたしに向けもうひとくち、ふたくち・・・と熱いから少しずつだけれどお気に召して飲んでいく。
好きそうだなーと思うのを偏見だと指摘されてしまえば謝らざるを得ないのだが、それでもやっぱり喜んでくれているから間違ってはいないのだ。

いつも通りの鯰尾になり安堵したわたしもココアを飲もうとマグカップを持ち上げたときだった。兄弟、と鯰尾を呼ぶ声がした。

「お?兄弟」
「骨喰?すごい汗、大丈夫?」

扉の傍らには肩で息をする骨喰がいた。
その瞳は今にも泣き出しそうなくらい感情が溢れていて、鯰尾の姿を確認できた途端床に膝をつく。
わたしたちはすぐさま深刻そうな彼の元へと近寄り、どうしたのかと声をかける。

髪が乱れているのは強風のせいもあるし、汗を掻いて貼り付いてしまっているのもある。その髪を手櫛で整えながらも袖で汗を拭ってあげると、顔色も悪いことに気が付く。
両手を繋ぎゆっくりと立たせ、鯰尾と隣り合うように座らせた。

しばらくは乱れる呼吸を整えるために、その後は精神を整えるために俯いたまま何も口にしなかった。
鯰尾とわたしも骨喰のタイミングで言葉を発するまで待つ。

「夢見が悪く、起きたら兄弟がいなかった」

執務室はそれなりに沈黙のときが流れ、心身ともに落ち着きを取り戻した彼はため息をひとつしたのちぽつりと呟いた。

「そう、それで探してたの」
「なんだそんなこと!兄弟はよく夢を見るよなー」

汗を掻き冷えたのか、くしゃみをする彼にまだ口をつけていない自分のココアを差し出す。

「よかったらこれ飲んで」
「?」
「ココアって言うらしいよ兄弟」
「ここあ」

わたしたちの顔とココアを交互に見た後おそるおそるひと口、小さく喉を鳴らして飲んだ骨喰。第一声は甘い、だった。でも嫌いじゃないと続けて口にし、視線がぶつかり合ったわたしと鯰尾は笑みを浮かべた。

「主さんの牛乳持ってきます」
「あいいよ!わたしは眠れないわけじゃないし。ふたりで飲んで」
「そうですか?」
「眠れないときに飲むものなのか?」
「そういうわけじゃないんだけど、眠れないときにもいいよーってやつ」

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