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「鯰尾は前の主が遺した刀装を壊してしまい、すっかり気落ちしているのです」
「・・・そう。こんのすけが言ってたよ、継承前の刀装は使えないわけじゃないけど少しずつ脆くなるって」
わたしが作り出した刀装を壊れてしまったのならば、また作ってあげるから帰ってきてくれればそれでいいなんて言っていただろう。
しかしあれは前代の審神者が遺した物である。使っても使わなくてもまもなく無くなってしまう定めにある物。
「ええ、そのようで。諸行無常、と・・・わかっているつもりでも心とはまことに扱いが難しい」
諸行無常、その言葉にどきっとした。
まるで人の身をした彼らも含めているかのような言い回しだ。
彼ら自身が物である故の、終わり。すべてが己の意思とは無縁の終わり方。
焼けたり、折れたり。深い海の底で眠るようにそのときを迎える。
「しかし今の主は貴女ですから、鯰尾もきっと大切な貴女の前では気丈に振る舞うことでしょう。そしてそれが前を向ける端緒になると考えています。なので、申し上げにくいのですが弟にはどうか普段通り接して頂きたい」
廊下で立ち止まり頭を下げる一期の肩に触れ、元に戻らせる。
わたしは闇夜にのまれることのない黄金色の眼差しへ、その対応を了承した。
20時過ぎに帰還した第2部隊は多少の怪我があったものの、落ち着いて霊力を注げばあっという間に手入れできた。
一期の言う通り、先程まで気落ちしていたという鯰尾はそんな素振りは全く見せなかった。
むしろ大きな声で空腹を訴えていて、そこにちょうど堀川が手入れ部屋へやってきたところだ。
「任務おつかれさまです!ごはん温めて直しましたよ」
「流石堀川さん、気が利きますね!」
「ありがとうございます。お手数をおかけしました。後片付けは自分たちでおこないますのでゆっくりされてください。さ、みんな。まずは手を洗いに行こう」
堀川の気遣いに粟田口の刀たちは口もとを綻ばせ、食事が用意されている部屋へと移動していく。国広とわたしはその背中を見送る。
「お風呂、入らずに待ってたんだね」
「あとでゆっくり入らせてもらいます。長曽祢さんと兼さんは今頃お湯に浸かってる頃でしょうね。主さんはお休みに・・・まだまだなれそうにないですね」
後ろに手を組み肩をすくめる国広。彼にこの後のスケジュールを指折りしながら伝える。
「お手伝いできたらいいのに。前はね、僕もたまに主さんに代わって報告書の筆を執っていたんですよ?でもくるみさんは現代っ子だからそうもいかない。刀である僕が他の物に対して嫉妬しちゃってます」
今しがた折ったわたしの指を彼が元に戻そうと触れる。しかし完全には戻せず、その表情からはお世辞じゃなさそうな不満が窺えた。
本当に何かお手伝いをしていたい性分なのだろう。
「ありがとう、国広」
「ふふ、主さんは優しいな」
「あ、ねえ。じゃあやってみる?国広がスマホで文章作ってくれたらわたしそれコピペするだけになる」
「え?ちょっと待ってね主さん、えっとすまほで・・・?こぴ、ぺ」
我ながらなかなかの閃きだと思う提案を矢継ぎ早に口にしてしまい、置いてけぼりの国広はわたしの両肩に手を置いて静止する。
「ごめん説明が難しかった。今日はさ、もうたくさん働いてくれたからまた今度。できれば午前中に時間取れたら少しずつ博多が持ってる機械みたいなの貸してあげるから、それで文章を作れるようになってくれたら嬉しいかな」
つい先ほどまでどんより曇っていたり動揺していたりと忙しない海のような大きな瞳が、今度はみるみるうちに輝きを増した。
頬もピンク色に褒め、歓喜余って何度も頷く。
「ありがとう主さん!僕頑張ります」