68


「ねえ、手入れ部屋行く?」
「いやそれ絶対力の無駄遣いだろ」
「大した消耗じゃないよ、大丈夫」
「だーめ。主、まだ2部隊帰ってきてないんだよ?温存大事」

遠征部隊が退室後、清光と安定は濡れた袴を乾かすため洗面所へ向かって行った。
わたしは彼らを追いかけ、手入れしてしまえば早いのではないかと話を持ちかける。
ところがどちらも賛成してくれず、上を脱ぎかけの安定にいつまで覗いてるの?とまで言われてしまった。

「別にこっちは気にしてないけど。にしても清光はこういうときいいよな、もう1着ある」
「うん、持ってきた」

安定は脱いだところで着替えを持っていなかった。まさか乾燥機が終わるまでそのままでいる気なのだろうか。

「安定、わたしの・・・ダブダブなジャージがある。着る?ほんとに風邪引いちゃうよ」

数年前ランニングしようと買って結局着ずにいたジャージのセットアップがある。

「うーん、どんなの?見てみないと」
「持ってくる」

彼も流石にこのままでいるわけにいかないと思ったが、わたしの服じゃサイズもデザインも想像ができず一言返事とはいかなかった。
だからとりあえず持ってきてあげようと寝室まで取りに行き、また洗面所に戻って現物を見せる。

「これ」
「着る!」
「え、いーなー」

今度はまさかの即答だった。清光までもジャージを羨ましがり、自分の袴を安定に貸そうともしている。

派手すぎずシンプルなデザインのそれは安定が羽織ってみたらちょうどいいサイズ感だった。
元々レディースのオーバーサイズ仕様なので羽織った本人も満足の笑みを浮かべる。
ただし上着に比べズボンはややフィット感があるものだ。普段ゆったりとした袴を履く彼にはちょっぴり着心地がよいと思えないのか肌に触れる度引っ張っている。

「いーなーいーなー、案外似合ってるのがまた羨ましい」
「本当?似合ってる?」
「うん、かわいい」

頬を桜色に染め照れる安定に、口を尖らせ拗ねる清光。普段なら反対が多いだろう。珍しい彼らの表情につい顔が綻ぶ。

ファスナーを上まできっちりと上げたくて顎や髪を巻き込まないよう目一杯上を向く安定は無事にファスナーができほっとした様子。
すると少し輪郭に触れる襟部分、そして袖を鼻に持っていきわたしのにおいがすると言う。
試着程度にしか着ず仕舞いっぱなしだというのにそんなににおいがつくものなのだろうか、と慌てて彼の着るジャージに鼻をつける。しかし特に何もにおわなかった。

「主ー、俺も着たい!」
「ごめんね、ジャージはこれしか持ってないの。それに今は乾くまで貸すだけ。お給料渡せるようになったら好きなの買おうね」

においの話になって清光のご機嫌はますます悪くなり、彼はわたしに腕を絡め嘆く。
髪をいじると怒られそうなので背中に手を回しぽんぽんと宥めてやる。

「うー・・・、約束。絶対」
「うん、絶対の約束」





陽が傾き始め西の空に美しいオレンジ色が見えたならば翌日は雨、そう聞いたことがある。
風は相変わらず強く、明日もこんな風だったら嵐になってしまうと考えながら報告書を進める。

遠征組と演練組は今頃お風呂かな。傍らでは清光が壁にかけたままできるアイロンで袴のシワを伸ばしていたり、安定が三日月の読みかけだった本の隣にあった歴史人物図鑑を読んで沖田くんはこんな顔じゃないと文句を言っていたりする。
安定には、じゃあテーブルに置いておいたメモ用紙で本物の沖田総司の似顔絵を描き挟んでおいてよと言ってみた。
すると案外真剣に描き始め、離れは3人がそれぞれ黙々と作業する静寂の空間が出来上がった。

まあそれも30分くらいの話だった。
18時となり夜ごはんに呼ばれ、廊下を歩いていた。
いちばんに気配を察知したのはわたしの腕の中で耳をぴんと立てたこんのすけだった。

「あ、帰ってきた」
「光ったね」
「あれは長谷部たちの出陣部隊だね。おかえりなさーい」
「おかえりー」
「おかえ」

我々は強風で衣服が遊ばれないよう押さえたり忙しい中、安定が帰還した長谷部らに向けて大きく手を振る。
そのため手放した白いマフラーは自由の身となり、片側がわたしの顔面に攻撃をしてきた。

「痛、くはないけど」
「あはは、ごめんごめん」
「もー、主のお顔に何してくれるの?この、結んじゃえー」

清光は安定の後ろ側へ流しているマフラーを結んだ。
これはこれでかわいいと言いながら、自らの赤いマフラーも同じようにしてみるが前へ流しているためイマイチだったのか首を傾げてすぐ元に戻した。

「只今戻りました」
「おかえりなさい!怪我は?」
「いえ、誰も怪我をしておりません」
「よかった。今ね、ちょうどごはんへ行くところだったの。戦績報告は後にして、ごはんかお風呂を先にしよ」

帰還した出陣部隊長を務めたのはへし切長谷部。部隊員は日向正宗、大倶利伽羅、御手杵、鳴狐、不動行光だった。
彼らは昼食抜きのため空腹で、さほど服も汚れていないから入浴ではなく食事を選んだ。

それにしても今宵は随分と風が強いのですね、と飛ばされぬよう必死に鳴狐の肩にしがみつくお供の狐。
強風が度々オールバックに仕上げてくることを不快そうにする大倶利伽羅。
彼らは一刻も早く室内に退避したそうなのでひとまず解散を告げると各々の部屋へ着替えに行った。

わたしたちはお先に夕飯の待つ部屋へ入り、ようやく風の悪戯から解放された。
廊下を歩いてきたそれだけなのに強風だとこんなにも疲れるのかと清光がげっそりしている。

「あっ、おつかれさまです主さん」
「堀川もお当番ありがとう。わー、おいしそう」

エプロン姿の堀川が一度によそった白飯をお盆に乗せ、みんなの元に届けている。

今夜のごはん当番は堀川、和泉守、長曽祢の3人。
久しぶりの内番で和泉守は機嫌悪いから、と堀川が耳打ちしてきた。
なのでこっそり厨房を覗いてみると、昼飯はまだ人数少なくて済むからマシだが何より手合わせがいちばんだなとひとりごとを呟く彼が大きな寸胴なべを洗っていた。

「はあー、明日から清光の世話が無くなっちまうのか」
「・・・和泉守は殴ってくるからやだ」
「ね、利き手に刀持ってるのにまさかの反対の拳でグーだ。あれは同情するよ」
「聞こえてるぜー、そこ!まーだ根に持ってやがるな!」
「わ、聞こえてた」
「地獄耳」

いつの間にかわたしの頭上から聞こえた清光と安定のこしょこしょ話は本人の耳にしっかり届いてしまっていた。

厨当番の彼は長い黒髪をひとつに括っていてなんだかかわいいのに。

今は青筋を立てて鬼の形相でタワシを握りつぶしてる。

[]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -