04
彼が縁側でお茶をしたいのは前の主を想ってのことだった。
歴史には残ってない本当の話か、実に感慨深い。
あまり過去を語りたがらない性格だと認識していたものだから意外な一面にもしや思い出ばなしをしてくれるのかなと背筋を正し傾聴の姿勢に入る。
「・・・・・・」
ところが一向に静寂が止むことはなく、目線の合わぬ彼はわたしと同じく縁側に腰掛け湯呑みを両手で持ち上げている。その傍らでこんのすけが行儀良く腰を下ろしている。
すると彼は前の主の話をしてわたしに嫌われてしまったのではないかとほぼ心の声を漏らしながらたちまち顔を青ざめ、今度は何を思ったのかかぶりを振り湯呑みをお盆に戻すと真剣な眼差しでこちらへ迫ってきた。
「主のことが知りたい!教えて!」
目まぐるしい情緒の変化や現在の前のめりの姿に取り乱しながらも一旦湯呑みを置き、しどろもどろに落ち着いてと声かけ降参ポーズを互いの狭い隙間で作る。
「わたしは清光の話をききたかったんだけどな」
「えっ」
「え、駄目かな」
「駄目じゃない!清光って呼んで!」
そっち!思わず面食らった。
愛惜したり、絶望したり、敬愛したり。次は頬を目一杯染め上げ幼子のように訴える。
そう、彼は名前を呼ばれたことに喜色満面・・・・・・あれわたし今清光って言っちゃった?
「主顔真っ赤!どーしたの?」
「うああ・・・!」
指摘され咄嗟に手で顔を覆うがますます火照ってしまう。
ずっと、ずっと呼んでみたかった。
え、何?加州清光、折大隊・・・解せぬ!
いい加減修行出たいよね、でも清光が96時間不在とか耐えられない。
・・・はー、花丸観ちゃったら拒んでいられなくったよ。
あと1分で帰ってくる!10秒、9、8・・・「・・・・・・なんで、泣いてるの?」
その言葉にはっとして目尻を拭う。
乱暴に腕を動かしたからか、服に忍ばせていたスマホが鈍い音を立てて落ちた。
ここにいる全ての視線が一点に集中するが、それを把握できた1人と1匹の視線はすぐに自然と散った。
彼に限っては別件で何ともすっきりとしないものが残る様子だが今はスマホが気になって首を傾げる。
「これ、なに・・・?」
片手で拾い見せるようにしてディスプレイを点ければ、驚きの声をあげて覗き込む。
ホーム画面を左右適当にスワイプさせてみる。その都度ペットの類が動く玩具を追いかけるようで可愛くてくすりと笑わずにはいられない。
細まった目尻からは拭き残した涙がもう一度溢れた。ちょっとだけ鼻を啜りながら、これの名前を教えてあげてた。
「スマホっていうよ」
「鏡になった!」
鏡、確かに自分の顔があるがまま映れば鏡だ。彼は画面の自分を眺めて御髪を整えてる。語彙力のなさが原因でカメラや写真の説明がうまくできそうにないし、それはまた追々するとしよう。
「それで、どーして泣いてたの?」
いじってみたいと言われたのでホーム画面に戻してあげるともうスワイプを習得していた。
温くなりかけたお茶を飲んでいると、紅の瞳がチラチラとこちらを窺いながら尋ねた。
「・・・ちょっとそのまま持っててね」
爪紅の塗られた指が目的なくスワイプし続けている最中、お茶を持ってない方の己の指を滑り込ませてあるアプリを起動した。
スマホを手にしているし、実際に見てもらおうと思ったのだ。
「俺がいる!けど鏡、じゃない・・・」
至近距離まで詰めてみたり、遠巻きに眺めてみたり。そんなことをしているうちに画面上の自身を誤タップしたのか軽装姿の加州清光が台詞を言い放った。
その瞬間弩にでも弾はじかれたように飛び上がり、スマホを落としかけた。けれど流石の素早さだ、スマホは傷ひとつない。
「主!スマホこわい!」
もう懲り懲りだと言わんばかりに眉を寄せ返却されたスマホを苦笑しながら受け取り膝の上に置いた。
「審神者を見つけるために時の政府が作ったんだって」
大半のユーザーがそんなことを知りもせず娯楽として人気なんだけど、と自嘲めいた物言いになってしまった。
サーバーごとに管理されたプレイデータ等をもとに審神者なるものの素質が確認できた場合、政府より通知が届く。
しかしそれだけですぐ政府の審神者を名乗れるわけでもなく、こうして自らのように政府の建物で面談や研修を経て社会的責任が果たせると判断された者のみ正式な審神者となれる。
「わたしもこれが生活の支えになっていたし、選ばれたときは本当に驚いたけど・・・」
膝の上で軽装の彼が瞬きすらすることなくただ真っ直ぐ見つめている。前からそうだったのになんだかおかしな気分だ。
放置ボイスが作動すれば隣の彼がまたスマホを怖がるといけない、そう思い電源を落としてから元の場所にしまった。
「じゃあなんで俺を初期刀に選んだの?あのときは、他のやつも・・・」
いっぱいいたでしょ。尻すぼみになったけどちゃんと聞こえた。
「この加州清光はあなたさまに名を書かれたときから今日という日を心待ちにしていましたよ」
「・・・可愛がってくれる?」・・・・・・ああ、顕現直前こんのすけが言っていたっけ。
その眼で、ずっとわたしを見ていたんだね。
そのときから呪縛のように纏わりついていた疑問。なのにわたしは一度、答えるチャンスを逃してしまった。勇気を出して言葉を紡いでくれたのに・・・。
彼は顕現したてでまだ練度が低い。スマホの中の彼のように修行にも出ていない。何よりこの彼はちゃんと存在していて、心を持っているのだ。
どんなに拙くたってはっきり言葉にしてあげた方が彼のためになる。
今だって自信がなくて答えを訊くのが怖い。それでもやっぱり知りたい。自分はこの主にちゃんと可愛がってもらえるのか。可愛がってもらいたい。
だいたい考えていることはわかる。だってそんなの・・・
「この中でも初期刀だったし、ずっとあなたが近侍だったから。他に考えられなかった」
「・・・・・・主」
「それでね、ずっと清光って呼んでみたかった」
気付けばふたりして涙を流していた。
こんのすけの存在を思い出すとなんだか照れくさくて、わたしはお茶を最後まで飲み切る。清光はスマホ貸して!鏡見る!とこちらに手を伸ばしている。
顕現したときと同じ手のポーズだった。いつかその爪紅をわたしに塗らせてくれる日が来るといいな。