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正午からそれなりに経ち、本丸のみんなが各々の仕事に励む。
主のわたしも例外ではなく、まずはPCのスリープモードを解除する。

窓も扉も施錠をしたことのない離れはいつ誰が来てもいいように・・・という環境作りをしてみた結果、今はわたしひとりだけれど今朝は非番の三日月がやって来た。
その彼の読んでいた本がふと目に入り、つい本棚に戻されたそれを手にしてしまった。

これは時の政府が管理する所謂図書館で借りてきた書籍の一冊だ。
現代の一般人がなかなかお目にかかれない物だが、その代わり国会図書館では一般向けにもウェブから閲覧できるようになっているのだとか。

せっかくだからと立場を利用し借りた貴重な現品なので扱いには十分気をつけぱらりぱらりと捲ってみると、政府で特別貸出してもらった際渡された栞型の紙が挟まったページで止まった。

120ページと121ページの間に挟まれたそれを避ける。

わたしは一番最初のページに挟んでおいだ記憶があるので、ここには三日月が挟んでおいたことになる。
彼の美しい瞳は何を見ていたのだろう。そう思って自らも開いたページに目を通す。
すると左上に聞き覚えのある言葉を見つけた。

「三日月、のんびりしてると思ってたけど頭はちっとも休められてないね?」
「いや何、この読み物に加州清光を彷彿させる節があった」


『デコル。おしゃれすること。』

なるほどね。三日月はこれで清光を連想したんだ。
それにしてもデコルってこんなにも昔から使われてたなんて知らなかった。だから清光は普段から口にするんだね。
でも最後にカッコ付きで女学生用語、とも書かれているのが地味にツボだ。

笑いが込み上げてきてしまいひとりで肩を震わせていたが、・・・いけない。こんなことしてる場合じゃない。

小走りでデスクに戻り、今度こそ仕事を再開した。





・・・・・・眼球が悲鳴を上げている。

のんびりし過ぎたと後悔し、現段階で出来るあらゆる仕事を約2時間で一気に片付けてしまった。
その代償に眼精疲労が今になってやってきた。
ぷつりと切れた集中力は、もはや目の疲れにも我慢が出来そうになく引き出しの中に入れておいた目薬を双方に素早く点眼する。
そして背もたれの最上部に思い切り頭を預けるよう顔を上げ、閉じた瞼の内側で液体が行き渡るのをじっと待つ。

「よっと!え、主さん何してるの?」
「・・・へ?あ、蛍丸」

目薬をさしたばかりでぼやける視界の中、突然窓が開いた。
吹き抜ける風と共に、窓枠をよじ登り部屋を覗く蛍丸の姿があった。

「ちょっと休憩してたの」
「ふーん、変な休憩の仕方」
「できれば見られたくなかった」
「もう見ちゃったよ。でも俺もちょうど休憩中。今日は畑当番だよ」

こちらからでは上半身しか見えないが、ジャージ姿の蛍丸はつばの大きな麦わら帽子を被ってる。
そんな彼に労いの言葉をかけると、何か話したそうにしていてわたしは小首を傾げた。

「あのね、国行今日演練行ったでしょ?」
「うん」
「そういえば今日はだるそうでもなく行きたそうだったでしょ?」
「んー、言われてみればそうかもしれない・・・?」

蛍丸は同じ刀派である明石の話題を口にする。
それはどうも深刻なことではなさそうな、実に愛嬌のある声色である。
けれどわたしには話の見当が付かず、彼とは真逆に表情を曇らせた。

「何日か前に今剣とぶつかって脛にあざができたらしいんだ。でもそれ主さんに言えなくて。演練行ったら勝手に直るじゃん、だって」

・・・なるほど。蛍丸が楽しそうに語る訳は理解した。
やる気がないのが売りという明石。その彼が文句も言わず働くなんて確かに今思えば槍でも降るんじゃないかという展開だ。
この数日間兄弟刀の観察を堪能していた蛍丸に、わたしは知ってたならこっそりでもいいから教えてくれてもいいんだよと言う。

「あざって言っても大したことないし、出陣でもないし。何より国行が過去イチ面白かったからつい!あ、噂をすれば帰ってきたみたい。じゃ、俺は畑戻りまーす」
「えっ、あ・・・行ってらっしゃい蛍丸!」

よじ登っていた窓枠から軽々と身を翻し畑へ戻って行く蛍丸に、ひらひら手を振り見送る。

そしてその姿が見えなくなった頃、蛍丸の言う通り任務を終え執務室に向かってくるであろう演練組の賑やかな声が聞こえてきた。

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