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「あるじさま!うどんはおいしかったですか?ぼくがゆでたりもりつけをしました!」
「とってもおいしかったよ、ありがとう。今剣はこれから食べるんでしょ?」
「はい!あじみはたくさんしましたが、それでもおなかはぺこぺこです」
「ま、まあ味見も大切だからね。さてと、わたしは手入れ部屋に行ってくるね。清光、行こ」
「はーい」
「いってらっしゃーい!」
ぴょんぴょんと跳ねながら見送ってくれる今剣に手を振り、清光と共に手入れ部屋へ向かう。
途中で安定が洗濯物を手伝ってくるから終わったら部屋にいてくれと清光に声をかけ、清光はそれを了解と返した。
「ほんとだ、ちょっと風が強くなってきたね。洗濯物は取り込んだ方がいい」
天気はずっといいものの正午を過ぎて風が強くなった。わたしたちの歩く廊下にも少し冷たい風がやってきて髪や衣服を弄ぶ。
「ね、こんなの初めて。髪ぐちゃぐちゃなる」
「確かにね。でも清光は髪とマフラーが靡いてるのもいい感じ」
「ほんと?ならちょっと嫌いじゃなくなった」
満更でもない、という表情を見せながらもやっぱり手櫛でささっと髪を直す彼と手入れ部屋で向き合って座る。
「じゃ、始めるね」
「うん。よろしく主」
清光は若干躊躇いながらも袖に反対の手を伸ばす。
しかしわたしは袖を捲らせず、そこにそのまま自分の手をゆっくりと清光の腕に沿わせる。
あとは力を手のひらに集中させ、彼が元に戻るよう願う。
清光はそのやり方に目を大きく開け驚いていた。
早くみんなに追いつきたくて頑張っているのに、わたしが倒れてしまったので怪我を控えさせてしまったのならば本当に申し訳ない。
わたしだってきっと手入れの数をこなせばあんな姿は見せなくて済むようになると思うけれど、そんなために怪我をしてほしいわけじゃないから。むしろしてほしくない。
「格好悪いとこって見せたくないよね。わたしは昨日倒れてみんなに見られちゃった」
「別に格好悪いだなんて思ってないけど?俺、五虎退お手入れしてた最初から頑張ってたの見てたよ。主はほんっとーに一生懸命頑張ってた!」
「え、見てたの・・・。それはまた恥ずかしい。あ、じゃなくて!わたしのことはともかくとして、要はそれなの」
「それ?」
自分が格好悪いと思っていても、周りからは一生懸命でよい姿に映ること。清光の怪我もわたしから見たら頑張っている証。今、そしてこれからもずっとそうであること。
昨夜の一件をすべて見られていた事実に顔が熱を帯びた。その火照りを吹き飛ばそうと頭を振り、今一度そんな想いを率直に伝えた。
清光はわたしと真っ直ぐに合わせていた目を僅かに潤ませる。
「ね、清光。明日遠征に出てみない?」
「・・・遠征?いいの?」
紅の瞳はわたしの言葉に瞬き目尻に涙を集め、すんと鼻を鳴らしながら小首を傾げる。
「三日月が外の世界も見ておくといいって。その代わり、外を歩けば靴は汚れる。もし雨だったら靴どころか全身びしょ濡れだよ」
「う・・・、わかってるよ。それでも!主はちゃんと帰ってきたら褒めてくれるってことでしょ?」
「そういうこと。でも強制じゃないからまだ少し後にしてもいいし、清光次第だよ」
「明日でいいよ。ううん、明日がいい」
主のためならなんだって頑張る。そう言って微笑む清光に今度はわたしの涙腺が緩む。
そして目尻から頬に、頬から床に落ちるはずだった涙は清光が袖でやさしく吸い取った。
けれど吸い取っても吸い取っても溢れてくるそれに彼が眉毛を下げて笑う。
「もう。泣き虫主、そんな顔見せられたらやっぱり行きたくなくなっちゃうよ。泣き止んで?」
「うう・・・、じゃお手入れはおしまいだからおしごと戻ります」
「はーい戻ってくださーい。ありがとね、主。俺も安定のところ戻らないと。午後は初めての内番だー」
「お、お風呂掃除だよね。これはわたしが長谷部に伝えといたことだから把握してる・・・」
「そ!お風呂。安定がそんな大変じゃないって言ってたからぱぱーっとお掃除してきちゃうよ。早く終わったら主のお部屋行ってもいーい?」
「いいよ。・・・はー、清光の成長は嬉しいはずがなんかさみしい」
床から立ち上がり少し前屈みで裾を直していたら、うっかり心の声がただのぼやきと化してしまった。
「えっ、なにそれ!やっぱ行きたくなくなった!」
「わ!?」
眉目秀麗な彼はついさっきまで微笑んでいたのに、今は鼻と鼻がくっつきそうなくらい近くで眉間に皺を寄せていた。
顔を上げたわたしも悪いけど、とりあえず近い。近過ぎて一瞬で茹で上がった。
「成長は目一杯喜んで。でもさみしがられるのはやだ。無理」
「や、待ってわたしが無理」