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食材はみんなに任せわたしは時計だけ持って離れへ向かう。すると、その先を歩くものがいた。

お見送りの後だし辺りに誰かいるのはおかしいことじゃない。けれど彼はそのまま離れの中へと入って行ったので、いよいよ不可解な出来事に首を傾げる。

気持ち早足で追うように入ると、来客は既に執務室のソファーへ座っていた。

「主よ。身体はなんともないか」
「おかげさまで。ご迷惑をおかけしました」
「それならよい」
「うん。・・・・・・ところで、なにか用が?」
「いや?」
「・・・?」

三日月の独特な雰囲気に呑まれうまく言葉にできずその場に突っ立っていると、彼はまあ気にせず仕事をしてくれと微笑んだ。

「う、うん?」

言われるがままにデスクに座ってPCを立ち上げるものの、その間もそれから少し経っても・・・デスクトップ越しにずっと口元に笑みを浮かべている作務衣姿の彼が視界に入る。

「あの」
「なんだ?主」
「お茶飲む?」
「うむ、いただこう」


特に用事があったのではなく気まぐれでやってきたらしい三日月だが、まだしばらくここに居るつもりだろう。そう予想し、思い切ってお茶を出してみた。

厨房の物か前代の私物かわからない茶筒椀。わたしがここに来たときから離れにあったなんだか高そうなそれと、自分用に持ち込んだ少し小ぶりのマグカップ。そのふたつに熱々のお茶を入れた。

三日月に茶筒腕の方を出してあげると、彼は待っている間に執務室の棚に置いといた歴史の書籍を持ってきたようだ。

「主に茶を淹れてもらう非番か、なかなかよいな」
「あ、非番。ごめんなさい、今日みんなの予定把握出来てなくて」
「ははは、まあ仕方ないだろう。むしろ、昨夜は疲弊するまで働かせてしまいすまなかった」
「ううん。わたしは全然平気。それより、帰ってきてくれて本当によかった。報告書も読んだよ。検非違使、ね。同じ時代に長く居座ったり歴史を変えるような行動したわけじゃないのに現れるんだ。でも必ず理由があると思うから。他の本丸でも似たような報告があるか探してみるね。三日月は貴重な非番なんだからゆっくり過ごして」

いつも本丸を想って行動してくれるうちの三日月は部隊長を努めることが多く、非番が少ないそうだ。
その関係上、大掛かりな内番回数も他の仲間と比べたら少ない。
また長谷部曰く、畑を担当させるとすぐ空を眺め始めたり失踪し大変な思いをするのはこちら側なので端から担当させないのだとか。

そんな究極のマイペースを目の前に、わたしは今度こそデスクワークを始めた。

まずはお決まりのメールチェックだ。
昨夜倒れたとこんのすけに聞いたが大丈夫か、という担当からのメール。
課題のコントロールは回数こなして上達させるしかないけれど、もし不調が続くようなら精密検査をしましょうと書かれていた。
健康診断は審神者になるまでの間で2度受け問題なくクリアしてきている。やっと審神者になれたのだからこれで何らかの問題が見つかって堪るものか。
もう少し時間をかけて必ず精進するのだという旨を文章にして返信を送った。


「主」
「ん?」
「加州清光の事だが、近々遠征に出てみるのはどうか?」
「遠征に?いいの?」

わたしがデスクワークを始め、すっかり冷め切ったお茶も飲み干し終えた頃。
三日月が書籍に目を向けたまま、突拍子もなく清光の話題を口にした。

「一刻も早くこの本丸のものに追いつこうとする勇姿は十分に伝わる。ただ少し、外の世界を今のうちから見ておくのもよいだろうと思ってな」
「そうなんだ・・・。わかった、ありがとう」

清光の演練デビューが当分先となる話は、ここに来てすぐ長谷部から聞いた。
というのも、うちの本丸は練度が高く相手にアドバイスをする側としてマッチングされているから練度の低い清光は連れていけないのだ。
本来なら演練は怪我をしても政府で手入れをしてくれるし折れる心配もなく、実践により近い環境下で鍛錬がおこなえる。しかしこればかりは引き継ぎとして仕方のないこと。

「三日月、のんびりしてると思ってたけど頭はちっとも休められてないね?」

「いや何、この読み物に加州清光を彷彿させる節があった」

「そうなの?あったっけ・・・」

まだ数ページしかめくったことのないその書籍の内容を思い出していると、執務室に獅子王がやって来てお昼ごはんに呼ばれた。

「何で三日月がここに?」

まさか三日月がいるとは思わなかった獅子王の反応に高笑いをする三日月は、読んでいた書籍を本棚に戻した。

「何年生きようと、まだまだ知らぬことばかりだな」

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