03


(くれない)から目が離せない。

瞬きひとつも、それどころか呼吸さえも忘れているかもしれない。

「・・・・・・」

同じく開きっぱなしだった紅に目蓋が降りたとき、漸く我に返りおそらく久しぶりに息を吸い込んだ。

「・・・可愛がってくれる?」

綺麗に整った眉は僅かに下がり、血色の良い唇が上品に開く。そしてちょっぴり呆れ気味の声色での問いかけだ。けれど、面倒見の良さそうな立ち振る舞いとは裏腹にわたしも把握している『恐れ』が伝わった。

なにか、何か言わなくてはいけない。
彼の不安を吹き飛ばすことばを、今すぐ・・・。

彼の手が意味する正しい応答に辿り着くまではしばらくの時が流れてしまったから痺れを切らしたのか、いつの間にかわたしが抱きしめていた鞘に収まった彼の本体へ自分自身で手を伸ばした。

「あ、えっと」

その、なんて狼狽えてしまいどうしようもなく情けない。目を合わせ続ける勇気もすぐに足りなくなり視界は足元に逆戻りだ。

「加州清光殿、主のくるみさまです」

思いがけない助け舟が出される。
狐は自らとは大違いの凛としたたたずまいである。

「うん、知ってるよ」
「そうでしょう。では本日の予定を申し上げます。まず本日出陣致しません。これより一晩、こちらの研修施設で人の身へ慣れていただきたいのです」
「へー、じゃあ手甲とか外しちゃってもいいよね」

加州清光は手甲に手を伸ばす。しかし早速人の身に不慣れなのか両腕が絡まりそうになりながらむっと苦戦する姿にこれならわたしにも手伝えるぞと閃いた。
彼らの落ち着きを見習って今度こそ声にも出そうとした。が、盛大にむせ込んだ。

「ちょっと、だいじょーぶ?」
「う、ごめ、すみ・・・ま!」
「いーよいーよ、主が口下手だけど一生懸命なのは十分わかるから」

まだ手甲がついたままの掌がわたしの背中に添えられる。
そこにはじんわりと熱が伝わる。先程感じた冷たさは同じ彼なのに、己に宿る霊力とは不思議なものだ。







「・・・といったところでお茶にでもしますか?厨にご案内します」
「うんうん、そーしよ主!案内も引き続きよろしくー」

いつまでも情けない主の手を引き、わたしの初期刀加州清光はこんのすけの本丸案内を受けていた。

古い建物のように見えてどこも綺麗な日本家屋はわたしよりも彼に馴染みのあるはずだが、あくまでも彼は刀剣でここは現代なのだ。気になるものに自分で近付いてみたり、こんのすけやわたしにこれは何かと尋ねる。
とにかくもうずっと目を輝かせているので、わたしは本丸探検そっちのけで彼を目で追ってしまう。

お茶お茶!初めてのお茶だよー、と今は頬を染め目を爛々とさせながら厨へ向かっている。

駄目だ、かわいい。
胸の奥がキュッとするのでつい繋がれた手に力がこもってしまったからか、彼の手もぴくりと震えた。

「わ、主・・・!なんか今すんごいの流れてきたよ」
「えっ、ごめん!?」
「あ、いや・・・別に痛かったわけじゃないから」
「くるみさまはこの度の内定者のうち最も霊力に期待されているのです」
「へえー!すごいじゃん」
「ただしコントロールに難ありの評価でして」
「こんとろーる?」
「調節ってことだよ。あんまり褒められてないってことはわかった・・・」


こんのすけの言う通りコントロールができていないせいでどっと疲労感がやってきた。更には狐にぬか喜びさせられ重い足取りで辿り着いた厨。
馴染み深い家電が揃っていてほっとした。

まさかこんのすけがお茶を用意できるわけないし、加州清光も順応性が高いとはいえできっこなかろう。
足元のこんのすけに気を付けながら電気ケトルに飲料水を注ぎ、沸騰するまでの間お茶っ葉を急須に移したり何かと動き回っていた。
ホテルや旅館でもこんなことしないし、他所のうちで勝手にお茶しようとしているみたいであまり良い気分ではない。
しかし今後自分も本丸を持つようになればこんなことも言っていられないし、所謂住めば都ってところだろうか。


一式載せたお盆を持ち上げ厨の出入り口の方へ向き直すと、満面の笑みを浮かべる彼が持ちたがりお言葉に甘えることとした。

顕現したばかりの彼に1人と1匹が続く。

「俺ここがいい」

ちゃぶ台のある広間へ行くのかと思ったが、彼が立ち止まったのは途中の縁側だった。思いがけずこんのすけと目を合わせる。

「あの人たちもこうしてお茶飲んでたんだ。俺らで人斬ってばっかじゃなかったんだよ?」

先程までご機嫌で花を咲かせ続けていた彼は悲しげに苦笑をもらす。そして長い睫毛をゆっくりと伏せた。

・・・・・・新選組 沖田総司、か。

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