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「大丈夫だから!落ち着けってば!」

手入れ部屋が近くなるとそんな声が聞こえてきた。
声を荒げるのは安定で、その時点で清光がパニック状態に陥っていることは十分過ぎるほどわかった。

それでも足を止めることなく、扉に手を掛ける。

部屋へ入ると清光にはあちこち生々しい傷があり、そこから流れる血が彼の白い肌やぼろぼろな袴を染め上げている。

正直、言葉にできぬほどこわくてたまらない光景だった。

けれど足を絶対止めないと心に決めていたから、清光の傍らまでのたった数歩をふらふらになりつつも無理やり近寄った。

「・・・清光」

辛うじて自力で床に座り肩で息をする彼は、真っ赤な片手で口元を大きく覆いながらおそるおそるわたしと目を合わせる。

「いま、なおすね」

わたしの呼吸も清光と同じくらい乱れ、手も震えてしまう。
一番深そうな脇腹の傷に手を伸ばすが、誤って直接触ってしまったため清光がくぐもった声をもらす。

「ご、ごめん!」

次は気を付けて治療してみるがどうもなかなか思うように治らない。
清光は身体を自力で支えるのもつらくなったのか、向き合うわたしの肩に彼の額が触れる。

「主、落ち着いてください。霊力は放出されているようですが、一点に集中できていないのではないでしょうか?このままでは主のお身体が持ちません」

長谷部は見ていられなくなったのか、分散してしまっているわたしの霊力を一点にさせるよう促す。
そして安定が傍らにやってきて、清光の上体を戻すように支える。

「もう、清光が大袈裟にするから。ほら清光もくるみ安心するようになんか言ってやりなよ」
「・・・うるさい。でも、主、俺は平気だから。ゆっくりでいいから、主も頑張って直して」
「うん・・・!」

目を閉じ、深呼吸を何度かして。
手のひらもぎゅっと握り、今度は目一杯広げて。

もう一度清光の腹部に手を翳す。
するとあっという間に身体の傷も斬れた服も血の汚れもすべて元通りになり、その調子で他の怪我もひとつずつなおしていく。

「・・・・・・」
「・・・清光?手どけてくれないと」

順調に手入れが進み残るは顔だけになったのだが、清光はその紅い瞳でわたしを見つめたまま頑なに鼻から下を片手で覆っている。

もう身体を支えなくてもいいと判断した安定はオーバーにため息を吐くが、それ以上何も口にすることはなかった。

「ねえ主、見ないでお手入れできない?』
「え?どうだろう、やってみようか」

いまだに指の隙間からぽたりぽたりと流血している口元はどうしても見せたくないようで、わたしは無茶な要望に応えてみることにした。

清光の手に自分の両手を重ねると、彼はきれいになったばかりの反対側の手でわたしの目元を軽く塞いだ。
意識が鮮明な中の暗闇は不安になるけれど、じんわりと彼の熱が伝わってくることに関しては嫌いじゃなかった。

そして初めての試みとなる手入れ方法をしていくにあたり、いつもの清光の顔を思い浮かべながら力を注ぐ。
顕現した直後の儚げな姿、目を輝かせてオムライスを頬張る姿、嬉しそうにドライヤーをかけられている鏡越しの姿。
まだ正式に出会って数日なのにたくさんの清光が浮かんでくる。


「・・・主?」

通常の方法と比べやっぱり時間はかかるようで少しくらくらしてきたなと疲労を感じた頃、ようやく手が退けられいつもの清光が心配そうに窺ってくる。

「あ、・・・できた?」
「うん、ありがとう。無茶言ってごめん」

非行に走ることもなく戦争も知らないわたしには、これほど生命の危機を間近で感じた出来事は今までにない。
すっかり元通りの清光を目の前にしているともはや夢だったのではないかと疑ってしまいたくなる。

「くるみ服汚れてる」
「わあ」

どうしようもなくぼーっとする頭で空返事をした後、ひょいと覗き込んできた安定がわたしの服を摘む。
彼の言う通り、わたしは清光の血であちこち赤黒くなっていた。夢ではないのだと思い知らされ、また背筋が冷たくなる。

「俺たちは直せても流れ出た血は戻らないんだね。ごめん主」
「これくらいあとで洗えば大丈夫。それよりもう本当になんともない?」
「おかげさまでね。あー、頬っぺたにもついてる」

わたしの頬に清光が少しだけ爪を立て既に乾き切った汚れを落としてくれる。

それを大人しくされるがまま、いつ頬に血がつくようなことしただろうかと考えながら待った。

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