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微睡の中で頬を撫でられている感覚がして、次第に意識がはっきりしてくるにつれ寝ぼけたこんのすけだろうとゆっくり眼を開けた。
しかし、ぼやける視界に映ったのは人影。
狩衣風装束姿の三日月が目の前にいた。
「・・・・・・え?」
「よいよい、睡眠は大切なことだ」
ローベッドに腰を掛け微笑みかけてくる彼にとにかく驚駭し、思考が追いつかない。
彼の指先は開きっぱなしになったわたしの唇を軽く突く。
「はっはっは、開いたままだな」
本能的に人に備わる反射で口は閉じられるが、脳の働きはいまだ止まったまま。
確かに離れは誰がいつ来ようと構わないと言ったのはわたし。開けっ放しにしているのもわたし。けれどこんなのは想定外だ。
鈍い思考回路がほんの少しずつ働いてきたとき、利き手が重たいことに気が付いた。そこに目をやればスマホを握っていて、ディスプレイは操作しても真っ暗なまま何も表示されない。つまり、充電が切れている?
「うん?どうした、主」
わたしは今一度正面を見る。やっぱり目の前に三日月がいて、彼は美しく微笑んだまま小首を傾げると朝日の反射で髪飾りが眩しく輝く。
・・・朝日?
ここでやっと、点と点が線で繋がった。
「わあ!?」
一気に上体を起こすと三日月の整った顔があまりも至近距離にあったため、狼狽し顔一面が熱を帯びる。
「ご、ごめんなさい!」
「はっはっは」
対照的に驚きもせず微笑んだままの三日月にどうしたらいいのかわからず顔を手で覆い言葉に詰まらせていると、突如長谷部の雷が落ちた。
これにはベッドの隅で丸まっていたこんのすけも飛び起き、目を白黒させる。
「何が『たまには俺が世話をしてこよう』だ、二度手間ではないか!」
「まあ、そう言うな。主も疲れているのだろう」
ジャージ姿の長谷部は、朝食作りで手の離せないところ自らかって出て呼びに行ったはずの三日月がなかなか戻って来ないので心配になったのだと言う。
「あ・・・、すみません。そう、寝坊しました。すぐ起きます」
「い、いえそんな!どうかごゆっくり・・・お食事はこちらまでお持ち致しましょうか?」
「ううん、行く!待ってなくていいから、後片付けも自分でする。本当ごめんなさい」
ふたりに向け、ベッドの上ではあるが正座になり頭を下げる。そのわたしに長谷部が慌てふためく。
「それにしても、この寝床は雲のようだな」
「お前はいつまでそうしている、早く退け!」
目を三角にして叱る長谷部に対し、叱られているはずの三日月はまるで他人事である。
実に彼らしいといえばそうなのだが、長谷部は腹の虫が治らないのかマイペースに立ち上がる三日月の首根っこを押さえ急かすように退室した。
「くるみさま、申し訳御座いません」
「ん?」
ぼさぼさのすっぴんでみんなの前へ出るわけにもいかないしできるだけ手短に支度を済ませていると、元々小さいこんのすけが更に小さくなっていた。
「あー、やってしまったことは仕方ないよ。スマホじゃなくてちゃんとしためざまし買おっか」
わたしの提案にこんのすけがこくりと頷く。
その彼を優しく拾い上げ、食事の部屋へと早足で移動した。