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今の段階ではまだ地に足が着いてへんような感覚の日々で、自分の望む人の姿を得てからの日常と一緒でないことは確かです。
しかしこれは・・・、取り戻しつつあるなあ。
だだっ広い本丸の廊下をひとりで雑巾掛けさせられとる。
腰痛なるーっていうのもありますけど何より使い古された雑巾をあまり触りたないため、朝イチで長谷部はんの部屋に行き新しい物に取り替えて良いか直談判しました。
案の定まだ使えるだろうとあっさり却下さてしまい、せめてもの反抗として古雑巾を2枚両足それぞれに踏み付け足を引きずって内番を済ませることに。
長谷部はんがおったら雑巾は踏むもんちゃうとこっ酷く怒りはるんやろけど、出陣したのをいいことにやってやるんや。
短刀らなんかは遊び感覚としか思わないこの内番。かっ飛ばしているところに遭遇してまうと時折えらいことになる。
つい先日も廊下を歩いていたら掃除中の今剣はんが自分の弁慶の泣き所に激突。気持ちは重傷やった・・・。
自分も気付かずぼーっと歩いてたんは悪かったしすぐ謝って相手の額を確認してやった。
全体的に色素が薄いもんやから赤なっている箇所は一目瞭然なんです。でも本人は大したことではないと内番を再開しはったっけ。
そうしてほぼ歩いているだけの状態で本丸中を雑巾掛けしているのだが、目や耳は退屈しているせいでついつい歩調は緩やかになってまう。
道場では連日、新選組の方々がえらい気合いで新人教育をしている。今日も午後になってもよう聞こえてきます。
風呂場の前を通ったら獅子王の鼻歌が木霊して聞こえ、風呂掃除もなかなかしんどいんよなあと溜息が出た。
あとは己が見えなくなるほど収穫した野菜を蔵に運ぶ山伏を何回か見かけた。
・・・ええなあ、あんだけ一気に持てたら。自分なら何倍も往復せんと。
ああそれから、午後なってからは主はんもよう見かけますね。
今まで前代の審神者はんは日中こんな外を出歩くことが無かった。用があれば近侍の役目や。
しかしこの主はんは近侍を出陣させることで本丸全体を把握してもらおうとしてはるのか、初心にも関わらずおひとりで黙々と機械に向かって仕事をするらしいんです。
演練に審神者はんが付き添う本丸もまあまあ居ますけど、うちは元々こんのすけがそれを担う。
ほらまた、噂をすれば何とやら。主はんが離れから庭に出てきはった。
なんなんあれ?楽そうな履き物やなー。
足を動かしながらも視線は主はんに釘付けです。
あでもあかんやん。何もないところで躓いたわ。
顔は羞恥で固くなるがすぐさま周囲をキョロキョロ見渡す主はんと目が合った。
手を振ってきはったから一応振り返してはみたものの、今度はえらい背筋をピンと伸ばして歩く。
この人、何処へ行くんやろ・・・そう思った矢先のこと。転移装置が光った。それと共に目の前の人物はハッとして足を早める。
ああ、彼女は心配で心配でどうしようもなかったんか。
「国行、ただいま」
続々と帰還した連中らへ心の底から安堵したようにおかえりと声をかけたり、愛染国俊の怪我に気付いたり。解散を告げたのち皆さんが各自の部屋へ戻っていく。そんな場面を見ていたらいつの間にか目の前に蛍丸がおった。その後ろには愛染国俊と、主はんもいはる。
「おかえり」
「・・・国行、まだ内番中?」
・・・あれ、嘘やん俺雑巾掛け終わってへん。
唖然とする自分に蛍丸は怪訝な顔を見せ首を傾げる。
「ふたりとも居なくて、きっと内番どころじゃなかったよね」
「へ?」
鈴を転がしたような声で、無邪気で、あどけなさの残るその笑みは自分に向けてのものでした。
「いいよ、長谷部たちには内緒にしててあげるから雑巾片付けておいでよ」
「主さん意外」
そうかな?と蛍丸と目を合わせて会話する主はんに愛染国俊が手入れ部屋へ急かすからひとりと2振は歩み始める。
すれ違い様、蛍丸はすぐ部屋戻るから部屋にいてねと自分に言い小っさい手をひらひら見せた。
・・・参ったなあ、調子狂うわ。
それもいずれ慣れるんやろか。
騒がしくなった本丸の廊下でひとり深いため息をつき、重たい腰を曲げ雑巾を2枚拾う。
ま、とりあえず誰かに見つからんうち切り上げるとしましょうか・・・。