01


気が滅入りそうなほど無機質でどこまでも続く廊下。そこに左右いくつもの扉がある。

政府の社員証を首から下げたスーツの女性が鳴らすヒールの音と、それとはやや異なる自らの靴音に、長期外泊に適したスーツケースの滑らかに転がる音。3つだけが同調して響き渡っている。

不意に先陣を切っていた音が鳴り止み我に返る。

「本日の研修室はこちらです。また、この先はこんのすけがサポートいたします」

どれも同じにみえる扉のひとつに彼女が手をかけ、わたしに中へ入るよう促す。

開かれた分厚い扉からは青空の広がる和風庭園の景色の下で、狐が1匹こちらを向いていた。







乱張りの石畳ではスーツケースをうまく滑らせることができず、最初こそ無理にでも継続させようとしたが淡々と喋る狐の声が掻き消され申し訳なく立派な日本家屋の玄関先に辿り着くまで持ち上げ狐の後に続いた。
微妙に持ちにくい取手の食い込みから解放された掌はじんと熱くなりまた血が通い始めていく。
本来は軽く引っ張り歩くだけなのにこれでは便利なのか不便なのか、と重量を気にせず閉じられる限界まで詰め込んだことを後悔した。


生まれてこの方こんなにも静まりかえった地を訪れたことはなく、むしろ居心地の悪さを感じる。

ここは審神者なるものが持つこととなる各々の本丸を研修用に再現した仮想空間である。信じがたいがこの空も人工物。

最後にハイテクな世の中に感激なんかしたのは随分と前のことになると思う。もはやなんとでもなる世の中。代わりがきく。いくらでも・・・。

「?」

広間に案内され、向き合うようにして腰を下ろした狐がわたしの乾いた笑みに首を傾げる。よくよく考えてみれば、この状況も摩訶不思議。
わたしは今、喋る狐と共にいる。まるで兎を追う少女の御伽話の1コマ。
しかしこれは現実。のちに微睡での件だった、などでは片付けられぬ重要な役割をわたしは担おうとしているのだ。

「本当につとまるのかな」

偽物の空も狐も映らないうんと下の方へと落ちていた視界。何を見ているわけでもなく、強いていえば将来に対するただぼんやりとした不安を目の当たりしていた。

「くるみさま」

狐、こんのすけは出会ってからずっと良くも悪くも単調でマニュアル化された事ごとを口にしていた。その声が初めてわたしの名を呼んだ。彷徨う意識に釘を打たれたような気分だった。

今度こそしっかりと彼と目を合わせる。なんだろう、先程とは異なる印象を抱いた。

「あなたさまは眠っているモノの想いや心を目覚めさせられると時の政府より認められており、今こうしてここにいらっしゃいます」

向き合っていた彼は小さな歩幅で板の間へと移動した。

「初期刀としてお選びになったのは加州清光。彼はくるみさまのことを呼んでいます」
「・・・? 今からわたしが彼を呼び起こすのでは。それに、まだ・・・・・・」

触れていない。

板の間には紅く艶めく一振りの刀が刀掛台にある。
ここに来て気付かなかったわけではない。審神者として、そして『彼』としての実感が湧かないから特別意識をしていなかった。

この加州清光を目の前にしたのは今が2度目だ。現代に分霊としていくつも存在するであろう刀剣だが、何故だかあのときと同じものだと言い切れる。

「この加州清光はあなたさまに名を書かれたときから今日という日を心待ちにしていましたよ」

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