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「お守り、持った・・・?」

朝食後、身支度を終えた出陣メンバーらが時空転移装置前に集う。
それを囲うように本丸で留守をするものたちが見守る。
そして平常心を保てずひとり落ち着きのないわたしに、戦闘服の彼らは今一度お守りをかざし胸元であったりズボンのポケットなどに仕舞い込む。

「行って参ります」

転移先を設定した長谷部が隊員とともに眩い光に包まれ始めた。

消える。そう考えたら本能的に手を伸ばしかけてしまうが、誰かに背後から指を絡め取られ制された。

「大丈夫だ主、皆必ず戻ってくる」

耳元で優しく囁くのは三日月だった。
それまで実に真剣な眼差しだった長谷部も、わたしの行動にやれやれといわんばかりに目を細めて微笑んだ。
わかっているつもりだけど目の前からなにかが消えるというのはあまりにも不慣れで、とにかく怖くて仕方がないのだ。

完全に消えてしまった彼らの居た場所に、躊躇いなく次の部隊員が立つ。

「では、俺も行ってくるぞ」

紗綾形を纏う温もりはその声とともに薄れ、転移装置は新たに光を放つ。
今しがた安堵させてくれていた三日月も今度はそれに包まれ消えていった。

「俺もいってきまーす。もちろん勝ってくる。俺強いんだから」

自身よりも丈のある刀身を背負う蛍丸は同行するこんのすけが演練先の設定を済ませるまでのひと時、少々力強めにわたしの腹部へ腕を回して過ごす。
演練ならば戦闘後すぐに政府より手入れをしてもらえ、また破壊の心配もない。
それに蛍丸の言う通り、彼はとても強い。娯楽でプレイしている際も演練相手に高レベルな彼がいて引き返したことはあった。

演練の部隊長は長義。彼もまた今朝の出来事でやる気に満ち溢れていた。


本日出陣するものをすべて見送り、本丸に残ったものたちは内番があるため次第に各自解散していく。
清光も、自分も早く行けるようになると意気込んで道場へ向かって行った。

気が気でないけれどわたしもやらねばならないことがある。もう一度だけ転移装置に目をやり、できる限り気持ちを入れ替え離れへ戻った。

PCの電源を入れて立ち上がるまでの間、光に包まれていく長谷部の口にした言葉が想起される。

行って参ります、か・・・。行って参るとは、行って必ずや帰って来ますというのが正式な意味だと義務教育時代耳にした。
あれは確か比較的近代の戦時中、主に特攻隊なる者がその言葉だけは絶対口にせず家族の元を離れ出陣した話だったと思う。

散る生命として帰りはしない、そんな決意。

自らだけがノコノコと帰って来ては恥であると考えられていた。
ちなみに当時の彼らがそれを使わず何と言ったかというと『行きます』で、見送る家族も無事に帰ってきてなど口が裂けても言えなかった・・・と。

平凡な時代に生まれたわたしには双方ともに到底理解ができないが、今こうして生命掛けの争いを職務としていてもなお1ミリも気持ちは変わらない。

長谷部らはそれを知ってか知らずかわからない。
けれど帰ってくることを約束してくれたから、わたしはこれからもずっと信じて待つしかないのだ。


起動したPCに向かい合い業務を進めていく中で、我が本丸のこんのすけから入電があった。
入電の内容は演練の速報だった。まずは無事に1戦目を勝利できたそう。また冒頭には、くるみさまはお困り事はございませんか?と気遣いの言葉まで。
おかげで肩の荷が随分と軽くなり、すぐに返信をしたのち書類の作成に精を出した。


あとひとつ、当本丸に顕現したものへ給料制度を導入するための申請書類がもう少しで仕上がる。
今まで取り入れていなかったようだが給料制度化を決めた理由は、現世で人の身を得てこそできる要因は少しでも多く経験して欲しいから。
刀剣男士たちはかつての主や刀匠等に影響を受け、既に興味関心がある物事は十人十色に挙げられるだろう。
各々欲しい物があるはずだ。ところが性格上口にできないものもいると思うし、口にできたとしてもそのものだけに望みを叶えるわけにいかない。大所帯となれば尚更だ。

ここに来た初日の夜みせてもらった、日本号の螺鈿細工でできたぐい呑み。蔵に遺っているという前審神者の酒。
悪く言うつもりはないのだが、おそらくこの本丸では前審神者の嗜好範囲内で個人的に供与されている。
だから乱のようにシャンプーとは他にも多くの種類があることやそのほか香りある日用品等を知らず、別の本丸の自身から馥郁たる香りに憧れ続けていたりするのだろう。
燭台切や歌仙あたりが欲しがる調理器具とレシピ本は生活必需品として経費で落とされていそうだ。念のため政府に過去の経費処理されたデータも要求しておこう。

給与形態は固定給と歩合給の両方を併せて考えており、なかなかにホワイトだと思う。
使い道は万屋でも通販でも構わない。通販に関してはわたしとこんのすけ、博多経由でうまくやりたい。

これは今日中に政府から対応してもらえるはずなので夕食の際みんなに話そう。

最終チェックが済みふとデスクから顔を上げれば、執務室のソファーに小夜がちょこんと座っていた。

「ごめん小夜、きてくれてたの」
「お昼だよ」

左文字が本日の昼食を担当しており、用意すべき人数が少ない分余裕たっぷりで作り終えたそうだ。
だから小夜が離れまで呼びにきてくれたのだが、邪魔してはならないと静かに待っていたのかな。にしてもここまで気配を消せるとはさすがである。

ちょっとだけ待ってねと小夜に声を掛け、申請書類を政府に送信する。
午後もなんだかんだとPCは使うことになるだろうから電源はそのまま、固まりかけた身体をゆっくりと動かし立ち上がった。

「お待たせ小夜、行こう」

廊下を歩く最中、傍らで歩調を合わせてくれる彼は一定のリズムで癖っ毛が揺れる。
愛くるしいそれに触れると、どうしていいかわからないという表情を見せた。

「髪、自分で結ってるの?」
「兄さま・・・今朝は江雪兄さまが」
「そう、やさしいお兄さんだね。それに上手」

自分のことのように嬉しそうな小夜。彼は他の子と比べたら感情がわかりにくいかもしれない。
それでもきっと、あとでこの話を兄たちへほんの少し興奮気味に伝える姿が浮かび頬が緩んだ。

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