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微睡の中で聞こえた電子音で現実に引き戻される。

久々に活用したスマホのアラームを手探りで止め、深い呼吸とともに身体を大きく伸ばした。
そこでようやく目を開け、すぐ目に入ってきたのはベッド上で丸まったまま規則正しく眠るこんのすけだ。
彼を起こさないよう、洗面所へ向かい化粧までの身支度を済ませたら朝食にもまだ早い時間だった。


庭を散歩してみることにし、一枚多く羽織ってから靴を履いた。
朝焼けの時間帯はとうに過ぎているが、本丸は静かな時が流れている。

立派な畑、花壇、厩。行き当たりばったりふらふらと見て回って戻る途中、石切丸に合った。
彼はみんなが久しぶりの任務で無事に帰ってこれるよう祈祷したところだという。
せっかくだから一緒に食事の部屋へ向かい、みんなに朝の挨拶をした。
出陣メンバーは正装だった。この本丸に来たときと同じく刀身や手甲などは装着してはいないが、いよいよだなと粛然とする。


今日の朝食にはだし巻き卵があって、わたしだけでなくみんなの分も上手にできていた。
キョロキョロしていたせいか長谷部にどうしたのか声を掛けられたから、だし巻き卵の達人は誰か尋ねる。
それをきいて他のものたちも辺りを見渡す。
誰も答えなかったけれど、内番の振り分け担当の長谷部は一振りの動作を見逃さなかった。

「山姥切国広のようです」
「ほんと?山姥切お料理上手なんだね」

布で隠された彼の顔がほんのり火照る。
否定するような言葉を口にしているが、少し距離がありよく聞こえない。

「山姥切と認識されるべきは俺だ」
「あ、そうか・・・わたしあなたのこと長義と呼んでいたから何も考えずにごめんなさい」
「おい、その問題はとっくに解決済みだろう」

お箸を置いて山姥切長義に頭を下げていると、長谷部が長義にお灸を据える。
朝から騒々しい、また始まった、まんばちゃんはまんばちゃんだ。いろいろな声が飛び交う。

「ま、待ってきいて」

唐突に修羅場となってしまいわたしは立ち上がり声を張る。裏返ってしまったが静かにはなった。

「わたし・・・今後、国広と長義って呼ぶから。山伏や堀川はややこしくなっちゃうかもしれないけど、ごめん」
「主よ、拙僧のことは気にしなくて良いぞ」
「僕も」

「ありがとう。それであの、審神者を目指す前からずっと思ってることがあって今も変わらないんだけど・・・この場を借りてみんなに言っておきたい。山姥切国広は山姥切長義の写しで、写しは偽物じゃない。そして偽物も悪いわけじゃなくて、偽物だろうと逸話でも現存しなくても集合体でも!信じて共に戦ってくれた主と仲間たちが昔も今もいるんだってこと、どうか忘れないで・・・・・・」

50も生きていないわたしに言われるまでもないよね、と最初の勢いは何処へやら。尻すぼみになって多くの視線に耐えられず着席した。それでも視線は減ることがなく静寂も続くので、そろそろ勘弁してくれと言うように巻き卵を頬張った。

だし巻き卵は噛んだそばから旨味がじゅわりと広がり、口当たりなめらかな仕上がりだった。

「・・・おお、でっかいひと口だな。主は美味そうに食べる。どれ、俺も食ってみよう」

見られていることなど忘れてしまうほど美味しかったのが顔にも出ていたのか、長曽祢が静寂を破り口に運んだそれに満足を示す唸りを上げた。

「口に入ったまま喋るな、虎徹の名が汚れる」
「すまんすまん、美味くてな」

着物を纏った蜂須賀が不満を零しながらも、置いていた箸を持ち朝食を食べ始めた。そしてその双方のやりとりに浦島の表情は無邪気な喜色に溢れる。

「俺だってだし巻き卵くらい・・・」

悔恨の色が表れる長義の声がぽつりと聞こえた。
長谷部はこの問題は解決したと言っていたが、審神者が継承されたことにより今一度本科である彼なりの禍根を断ちたいという気持ちが十分に伝わってきた。

「じゃあ楽しみにしてるね、長義が食事担当の日。でもまずは今日の演練に期待してるから。頑張ってきてね、隊長さん」

必ず勝って来よう、彼はそう言ってまだ機嫌は良くないけれど食事を再開させた。
しかし最後の最後までだし巻き卵を口に運ぶ気配はなく、隣に座っていた同田貫に食わないなら食ってやると勝手に食べられてしまう。
怒った長義は意外にも少し子どもっぽくて、涙目で同田貫に掴みかかって身体を揺らしていた。
幸いにもまだひとつわたしのお皿に残っていたそれを長義のお皿に載せてやり、偵察は大切だもんねと言う。
同田貫には偵察って意味わかってんのかと突っ込まれたけれど、フィーリングは伝わったようで長義は今度こそだし巻き卵を口に運んだ。

やっぱり悔しそうだが、みんな揃って賞賛する理由はわかったのだろう。よく噛んだあと、とてもとても小さな声で美味しいと呟いた。

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