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陽は沈み闇に包まれた本丸で本日分の報告書を仕上げていれば、粟田口を始めとする短刀たちが就寝前の挨拶にやってきた。
寝巻きを纏った彼らは既に目を擦り欠伸をしていたり、まだはしゃぎ足りなそうだったり様々。
そんな彼らを見送ったあと、自らもお風呂に入ってデスクワークで固まった身体をほぐした。
たちまち眠気がやってきて湯船から離脱するのが面倒になってしまい、しばらくぐだぐだしたが今ようやく出ることに成功した。

「・・・あれ」
「主おかえりー」
「くるみってすごく長風呂なんだね」
「途中で眠くなっちゃって」
「それは危ないんじゃないか?」
「目、とろんってしてる」

怠く火照った身体で寝室に向かうとベッドでは寝巻き姿の清光と安定が寛いでいた。
まさか今日もここで寝るつもりなのかと思ったけれど、彼らは寝る前にハンドクリームを借りにきただけらしい。
今夜の方がお酒を飲んだみたいだと言う清光は、わたしにドライヤーをしてあげたいと目を輝かせて提案する。しかし安定が顔を青くして止めるので文句を言いつつも諦めたのだった。

「・・・あー、主。今日はごめんね」
「ううん」

清光がわたしの顔色を窺いつつぽつりと誤った。何がどうごめんなのかは言われなくともわかるので、わたしも多くは口にせずただただその目と見つめ合う。

先ほどお風呂の中でも、目を閉じれば生命を奪い合う光景が思い出される。それも何故か彼らの手に持った物がギラギラと光を帯び身体の至る所が赤く染まったように記憶がリアルなものに塗り替えられてしまい、目がちかちかして胃の中から何か込み上げてくる感覚に陥った。
今もまた少しそれがして口元に手をやる。

「え、だいじょーぶ?」
「あ・・・ごめん。平気」
「くるみのぼせたんじゃない?」

きれいな形の眉を下げて心配する清光が傍らにやってきて背中を摩ってくれる。安定は寝室を飛び出しよく冷えた飲料水をグラスに注いできてくれた。

その間もわたしは例の件で彼らに何か言うべきかと頭の片隅で悩んでいた。
もうお手入れの自信がついたからこれからはいくらでも直すよ。そう伝えたい気持ちもあるけれど、そもそも彼らに怪我をして欲しくないのもあって軽率には口にしたくない。
けれどここの本丸の審神者になった以上、彼らを出陣させねばならない。残念ながら怪我は絶えないと思う。
清光を始め堀川に言われたようにあまり鍛錬も目にして欲しくないと気を遣ってくれるところだって、今となっては正直ありがたいし尊重したい。でも果たしてそれでいいのかどうかわからないのだ・・・。

「わたしこそ気を遣わせてごめん」

このタイミングで言うと誤解を招き兼ねないが、ふたりにはきちんと伝わった気がした。

「あれはね、清光が言い出したんだけど。僕もそのままでいて欲しいかな。沖田くんとも前の主とも違う形でもちゃんとくるみが主ってわかってる」

僕たちは他の本丸よりも自分たちで行動できるんだから安心してと言い聞かせる安定。
確かに彼らは自身の手入れ等はできない分出陣範囲は限られていたが、本丸に霊力さえあれば自主的にどうにかできていた。

「まあ一部、本能だから戦ってる姿を褒めてほしい奴だっているよ。江雪みたいに戦が嫌いな刀だっているくらいだから本当それぞれなんだけどさ」
「・・・うん」

「俺ね、強くなりたい。主のために。また明日からも怪我が絶えないかもしれない・・・でも、その。お手入れしてね」
「もちろん」

真剣な眼差しから一転、次第にもじもじと顔色を窺う清光に笑んでこたえる。ぱっと顔が綻び抱きついてきた。
その髪や身体から違和感のある香りが鼻をかすめる。心当たりがあったので安定も引き寄せ、彼の髪に鼻を埋めるとくすぐったそうに身を捩った。

「そっか、今日はみんなとお風呂入ったから」
「あーそうそう、主と一緒がよかったけど気付いた頃には遅かった」

包丁が膝に座ってきたときも、乱の髪に触れているときも。ここの本丸の匂いともいえるものが清光からもした。わたしの愛用品よりもナチュラルでさっぱりとしている。

「届いてからのお楽しみのつもりだったけど・・・何日かしたらみんなもシャンプー選べるようになるからね」

目を爛々とさせる清光と、まだメリットしか使ったことがなくぱっとこない安定。ふたりにまだみんなには秘密だと約束をして、そろそろ明日に備えて布団に入るよう言った。

明日も新選組は清光につくが、内番も多少やってもらう予定だ。

離れの出入り口まで見送りにきたとき、日中の約束を思い出しふたりを呼び止めた。

「約束したでしょ」
「うん!ありがと主」
「どういたしまして。おやすみ」
「おやすみくるみ」
「おやすみー」

ふたりは未開封のめぐリズムを大切そうに抱いて踵を返した。既に明かりが少なくなった本丸をぐるりと見渡しわたしもひとり部屋に戻る。

通信機器の電源を切ったり、歯磨きをしたり、何だかんだとまだやることがあったので起きていたら離れにこんのすけがやってきた。
その目は明かりを眩しがってほとんど開いていなかった。

「どうしたの?」
「寝相の悪い鯰尾藤四郎殿に潰され目が覚めました」

かわいそうな狐を拾い上げ、だだっ広いベッドへ下ろしてあげる。傍らに座って撫でていると目蓋を閉じていることの方が長くなり、最終的に小さな身体は眠りに入った。

暖かく触り心地の良い彼に誘われ、わたしは何度も欠伸をした。
本当は本丸にきてから日記を書こうとしていたけれど日記帳にはまだ一文字も書けていない。三日坊主どころではないが睡魔はどうにもできず今日も日記帳は白紙なまま布団に潜り込んだ。

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