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昼食が用意されている部屋に入ると、手合せ組は既に着席していた。
しかし清光はわたしと目が合うとすぐに背を向け、鏡で身なりを確認し出す。その後も彼がこちらを向くことはなく、ずっと苦り切った表情。
堀川にはそっとしておいてあげてと言われ、今わたしの出番は一切ないみたいだ。
「大将を独占できる絶好の機会だな」
「薬研、朝食当番おつかれさま。おいしかった」
「そりゃ良かった」
今日の昼食は薬研に呼ばれて同席することにした。粟田口の短刀である彼は、思っていたよりも周りを客観的に見たりとにかく落ち着いており気遣いができる。
けれどこうしてわたしの隣を望んでみたり、積極的なところもある。
みんなで手を合わせて食べ始めた。
わたしも箸を進める。メインは蓮根のはさみ揚げだった。そこには穴。つい先ほどの話題が脳裏にちらつく・・・。
「どうした大将?嫌いか?」
「好きだよ」
「この蓮根は昨日の昼に使った煮物の余りなんだってよ。だから普通より薄め」
「へー、やりくり上手だね」
確かに言われてみれば知っているはさみ揚げよりもれんこんが半分以上の薄さだが、廃棄を防ぎこうして立派な料理になっているのでとても関心した。
「そう言えば薬研、昨日のツケで今朝起きれなかったものたちはどうなったの?」
「ああ、大包平たちか。ご覧の通りだぜ」
彼はもう体調が良くなったらしく、今朝食べられなかった分まで食べている様子。
「ほんとだ」
「にしても大将は結構飲めるんだな」
「おいしいお酒だったからね。現世で上司が有無を言わさず飲ませてくる感じにはそこそこ悩まされたけど」
「現世は現世で苦労するんだな」
薬研はおつかれさんと労ってくれる。そこでふと反対隣から視線を感じ、その元を辿るとわたしの隣でニコニコ微笑む髭切が膝丸と並んで食事をしていた。
「やあ」
「あなたたちは非番だったよね」
何をして過ごしていたのかを尋ねると、彼は指を口元に当てて考え込む。
「うーん、何をしていたっけ」
「兄者が今日は気候が良いので散歩をしようと言ったではないか」
「のんびり過ごせているなら何よりだね」
「おかげ様で。ああ、その途中で手合せを覗いたんだ」
頑張っていたよ、と清光に視線を移した。
清光は相変わらず難しく眉を顰めている。けれどふいに泣き出してしまいそうでもあり、胸が痛くなる。
「そっか」
「僕は千年も刀やってるけどここに来たのはまだ最近のことだからね、新人くんが困っていたら僕なりに出来ることはないかと考えているよ」
「・・・そう、ありがとう」
度々箸を持ち直しながらも昼食を口へ運ぶ清光の手は、微かに震えている。
厳しい剣術での身体的な影響か、感情からくるものなのか。あるいは両方か。
しかし彼からは今泣いている場合じゃない、泣くものかという気持ちが伝わってくる。
だから堀川言う通り、甘やかしてしまいがちなわたしは彼にとって遠ざけたい存在なんだと思う。
成長を見守るというのは本当に距離感が大切で、ひとりひとりその時々で適切さが異なるし難しい。
でも本丸のみんながそれを教えてくれている。
彼らは元々『物』だった。それも何十年何百年と生きてくれば、人よりもずっと変化等を一歩引いた目で見ることができる。
わたしは人。未熟で、彼らからすれば一瞬の生命。だからこそ一瞬を大切にしたいといつでも物のチカラを頼りに生きるのだ。