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執務室のソファーに腰掛け、長谷部からここ最近の大まかな一日の流れを教えてもらった。それから内番の種類に、回し方、部隊編成について。
その都度適度にメモを取っていたのだが、漢字を間違えてすかさずペンの上部で文字を擦った。
すると彼は文字が消えたことに目を白黒させ、これはどういったしくみなのでしょう?と興味を示す。
使っていたのは黒インクのフリクションボールペンで、上部で擦ると摩擦熱で無色に変化する特殊な塗料が使われていると説明した。

「重要な書類などには不向きだけど覚え書き程度には便利だし、執務室に置いておくつもりだから長谷部も使っていいよ」
「はい、有難う御座います。主は便利なものをたくさんお持ちで」
「便利な世の中も困ったものだよ、まず便利な事に気付けないの。何かをしてもらった時のありがたみも薄れてしまうし、良いことばかりじゃなさそう」
「そうですか・・・、どんな時代でも悩みとは尽きませんね」

ふたりして自嘲気味に笑い、わたしはねえ長谷部は人の身を得て何にいちばん驚いた?と問う。
こういうときすぐに答えてくれるのかと思っていたが、すこし考え込んでいちばんは決められないと苦笑した。
あえて言うならば自由に動ける事で、あとは食事、入浴、睡眠・・・と次々に白手袋をした指が折り込まれていく。

「ただその中で、自由というものは不自由と紙一重とも感じた事があります」
「・・・・・・なんだか長谷部とはこういう話が合いそう。非番のときはお茶しようね」
「ありがきお言葉、恐縮の限りです」


今度は、そういえば近侍は長谷部なのか?と尋ねると長谷部がメインに三日月宗近と一期一振がその補佐役、通信担当に先程話に出た博多藤四郎が活躍してくれているようだ。しかしこれより先はわたしが決めるべきだというけれど、変更する理由がないので基本的にそのままで良いと伝えた。

「こんなにも簡単に決められてよろしいのですか?」
「信頼できる仲間同士で自然とできた立ち位置なんでしょ?それがいちばんだよ」
「かしこまりました」
「わたしもまずはあなたたちが息抜きくらいできるよう頑張るね」
「そんな、手を煩わせるわけにはいきませんよ」
「ただいまー」
「おかえり」

交流も深めつつも一通り把握すべきことは終えた頃、清光が戻ってきた。
なんだかただいまとおかえりのやり取りがあまりにも自然で笑ってしまった。

「あれ、内番服?」

戻ってきた彼は内番服姿だった。彼に代わり広間から新品のそれを持ってきたのは長谷部で、まだ未開封のまま離れで保管されているというのに。そう疑問に思い小首を傾げると、彼は真っ先に容姿が変わったことへ気付いたわたしを嘆称した。

「主、前の俺安定と相部屋だったんだって。服とか安定がきれいに保管してくれててさ、その、どう?可愛い?」

くるりくるりと回りわたしの反応に期待する。だから可愛いしとても似合ってるねと言ってあげれば頬を染めて喜び、ソファーに座るわたしの傍らにきて並ぶよう腰を落とすが初めての感覚だったのかソファーが少し沈んだことに驚いていた。
そして彼が不在だった要因、大和守安定とは仲直りできたのが見てわかるからあえて何も言わなかった。

「なにしてんのー、入りたいなら入れば?」

清光の言葉でまさかと思い執務室の入り口を見る。すると大和守安定が開きっぱなしの扉から顔半分だけ覗かせていた。その目は腫れている。たくさん擦ってしまったようだ。

清光の声掛けでも入室を悩んでいるのはもしかしたらかつての主との厳密な例のルールが身についているためか?と考えていれば、一瞬長谷部と目が合った。おそらくわたしの考えは合っていそうで、あとは本人次第だからと駄目もとでおいでと声に出してみる。
ぎゅっと力を入れていた手を扉から離し、忙しなさを感じる小走りで執務室の中へとやってきた。

彼もまた内番服に着替えていて、仲直り後一緒に彼の部屋に寄り着替えてからここに来たのが想像できた。

「くるみ」

海のように青く大きな瞳と視線がぶつかった瞬間いきなり名前を呼ばれたものだから流石に驚き、口が開き間抜けな顔を晒してしまった。

「なんでいきなり呼び捨て!?」
「えっ、あ・・・いいよ清光、主って呼びにくいでしょ」
「そうでもないよ。やっぱりかなしかったけど、だって主は代わるものだから。よろしくねくるみ」

「清光は、なんでそんなに平気なの?」
「俺たちは物で、刀で、壊れない限り主は代わる。選択肢なんてない。引継ぎ本丸っていうけどそれと何ら変わりないよなーと」


清光と同じことを。本当に似たもの同士なんだ・・・。

「こちらそよろしくね安定。ところで、ちょっとここに座ってて」

座っていた場所を安定に譲り、わたしはスーツケースから小包装になっているめぐリズムをひとつ取り出して来た。
わたし以外は首を傾げざるを得ないのを承知の上でそれを開封し安定の腫れた目元に装着した。

「何これ?真っ暗で何も見えないよ」
「え?あ・・・目は閉じていて」

安定は何か特別なものが見えるようになる眼鏡だと勘違いしたのか、キョロキョロしていたのが面白くてつい肩を震わせてしまった。

「わあ、なんか熱くなってきたよ!大丈夫なのこれ」

少しの間を置いて蒸気が発生してきたことに驚き宙を泳がせる彼の手。隣の清光は迷惑そうにその手を本人の膝の上に戻し、彼自身も擽られた好奇心でめぐリズムの外側に触れる。

「ほんとだ、あったかい・・・」
「ちょっと清光!目を押すな」

目玉が煮えそうだけど、お風呂に入ってる気分だ。そう言ってだんだん肩の力が抜けリラックスした声色になる。
清光はそんな戦友の様子をじっと観察している。

「そうだ長谷部、明日から清光も内番に入れてあげてほしい」
「かしこまりました」
「清光いちばん弱いもんね」
「うるさい」

人の生活に慣れるのは自然にできていくことなので、しばらくは手合わせを重点的におこない早めに実践向きにしようということでまとまった。
また、これまで主人不在で思うように出陣できずフラストレーションが溜まっているものもいるため、難易度の低い地で構わないのでこちらも早めに政府から出陣の許可をいただいてほしいとのこと。


その後、長谷部には双方の確認不足によりわたしたちの配属先がここの引き継ぎであると今朝知った件を打ち明けた。
通りで、という長谷部の返しには不甲斐ない気持ちになったが何はともあれ無事に主をお迎えできてよかったと言ってもらえた。

また、その間安定が口数少ないなと思っていたら静かに船を漕いでいた。
ちょうどめぐリズムの効果も切れる頃だからと起こせば、わー寝てた?これすごいねと半分に折りたたんで返却される。

「うん、腫れも少し良くなったかな。これは消耗品なので捨てるね」

と、近くのゴミ箱に捨てようと投げ入れずに済む程度に少々腰を屈めたら安定が慌ててそれを制す。なんとそのまま欲しいと言うではないか。
まだあるから必要なとき言ってくれればあげる、と言い聞かせ手首を掴む手をもう一方で包んでみれば下りに下がった眉は元通り。
約束だよと目を輝かせる安定に清光が不貞腐れて彼もそれを欲しがる。デスクワークが中心になるからと持ち込んだのだが、これはもっと大胆にまとめ買いしても良さそうだと唇に幸福の笑みが浮かぶ。
それにしても、安定に容易く手首を握られてしまった。意外と手が大きいのか、それとも長谷部の言う通りわたしの手が小さいだけなのか。早く短刀の子たちとも仲良くなって大きさ比べをしてみたいところだ。

「清光は明日頑張ってたらご褒美にあげようかな?」
「じゃー頑張っちゃおーかな」

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