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「あとは転移ボタンを押すだけなのですが・・・」

前もって今日が継承日だとは本丸に伝わっているけれど、朝食後荷物をまとめている間にこんのすけがまもなく向かうと一報入れてくれていた。

「もうちょっと待って!最初、なんて言えばいいのかまだ」
「今日から主のくるみです、よろしくー」
「えーっ、第一印象が肝心だよ」
「もー、大丈夫だって!向こうも待ちくたびれちゃって逆に印象悪いよ、ってことでこんのすけ出発」

庭の時空転移装置から移動するのだが、自らの心の準備が一向にできず出発を渋っていた。
ここにいてもしかたないのはわかっている。しかしせめて最初の挨拶くらい考えねばとひとり汗を吹き出していると痺れを切らした清光がこんのすけに強制出発の指示を出す。
こんのすけは彼の言う通り転移ボタンを前足で押し、主がこのような扱いじゃまずいのではないかと不甲斐ない。

そんなわたしには関係なく瞬く間に装置からのまばゆい光が我々を包み込み、突然めまいに似た感覚が気持ち悪くてうっと声が漏れてしまう。でもそれを大丈夫だよと言うように清光が手を繋いでくれた。

「・・・・・・」
「主、着いたみたい」

政府の研修本丸を離れたことは、固く閉じた目をゆっくりと開ける前にもうわかった。
それは風が頬をやさしく撫でたから。木の葉の揺れる音が聞こえたから。そして、辺り一帯が様々な神気で満ち溢れていたから。
先程と全く同じ装置の周りに広がる風景は全てが本物。
とある審神者が長い年月を費やし築き上げた歴史がそこに在った。

「くるみ様ですね。へし切長谷部と申します。お待ちしておりました」

出迎えてくれたのは彼、へし切長谷部。
おそらくこの庭でずっとわたしたちが転移してくることを待っていたと思われ、深々と頭を下げる彼の声色からは安堵が窺えた。
清光も彼と初対面ながらそれに気付いたらしく、静かに笑みを浮かべてわたしへ目配せしてきた。

「あ、あの」
「はい」
「その・・・」
「・・・はい」
「もー、なにしてんの主」

清光とこんのすけはわたしが挨拶を決めるまで黙って見守ってくれていた。しかしへし切長谷部が怪訝の念を抱き始めたところで清光の助太刀が入る。そして耳打ちで送られてきた台本を読み上げた。

「今日から主の、くるみです」
「加州清光だよ、よろしくー」

言葉足らずのわたしはせめて態度で伝えようとへし切長谷部に負けぬくらい深々とおじきをする。

「・・・えっ、ああそんな!お顔を上げてください。ご一報いただけたので皆を広間に集めております。ご案内してもよろしいでしょうか?」
「よろしくー」

豆鉄砲を食ったようなへし切長谷部はかぶりを振り、徐々に自身のペースを戻す。
荷物をお持ちしましょうか?とホテルマンさながらの気遣いがあったがスーツケースは清光が持っていて間に合っているという意味を込めたのか、彼はじゃこれよろしくとこんのすけの首根っこを掴みへし切長谷部に渡した。
これには彼だけではなく、白手袋をした彼の両掌に収まるこんのすけも目をぱちくりさせている。
その光景がおかしくてどうしても笑いが堪えられなかった。

「ごめんなさい、でもこんのすけも大切な仲間なので」
「え、ええ。主命とあらば・・・」

また呆気にとられているへし切長谷部は、わたしの震える声を主命として受け入れた。



「主がいらっしゃった」

玄関経由で広間へと向かうが、研修本丸とはまた違った意味で違和感のある静けさである。
この扉の向こうでは多くの刀剣男士が集うのにも関わらず、きこえるのはわたしたちが歩む音くらいなのだ。

へし切長谷部が片手で開けた扉の中へ入るよう言われ、敷居を跨ごうとしたときだった。誰かが勢いよく吹き出した。

「おいおい長谷部っ、何故こんのすけを・・・!」

たくさんの刀剣男士が腰を下ろした状態でわたしに視線をやっていた。ところが視線は鶴丸国永の声で一斉に長谷部へ集中する。
鶴丸国永曰く、新たな主を迎えるために身を引き締めていたもののその前に入室した長谷部がなに食わぬ顔で顔のこわばるこんのすけを連れていた事があまりにも衝撃的だったそう。
反則だと言う彼のツボに共感したものがつられて笑い出し、広間はたちまち騒がしくなった。
腹を抱えるものを気遣うもの、小声でしゃべりだすもの、それをしーっと口元に指を当て窘めるもの。長谷部と件には関心がなく、ただひたすらわたしを見定めるもの。

「ここにいる全員が刀?すごいね主」

清光は相変わらずマイペースで刀剣男士の多さに感心している。
もしかしたらわたしと縁側でお茶をしたときと同じで、また新選組での想い出と重なるものがあったのかもしれない。
もしくはその新選組で共に戦ってきた仲間たちをこの大勢の中から見つけたのだろうか。
その横顔にはわたしと違い緊張や不安などどこにもなく機嫌がよさげだ。


主に同じ刀派である弟たちを窘める一期一振と長谷部の無言の圧力で漸く静かになり、今度こそ長谷部とこんのすけによる継承成立の話がされる。
わたしはあまり頭に入ってこず、目の前にいる多くの彼らをぼーっと眺めていた。目が合うものもいたがほとんどがあちらからすぐ逸らされた。
よく見たら全員が正装だった。ただし本体や防具なるものは無く、ここにいる誰かが統一するよう努めたのかもしれない。

「では最後にくるみ様から、ご挨拶等いただけますか?・・・一言でも構いませんよ」

気付けば話も一通り終わり、へし切長谷部の言葉でまたわたしに視線が集まる。また、彼は先の件を踏まえて気遣ってくれている。
清光に関しては小声で主頑張って!と言い胸元で拳を作って軽く振っている。

そう、がんばらなくては。
わたしは深めの呼吸をひとつして、まずは名乗ることからだと意を決した。

「くるみです。みなさんの顔と名前は把握していて、一致しているので。す。
ええ、ここの本丸は立派な審神者で、みなさんも主想いだったと聞き・・・聞いておりますので、すぐにわたしを主と思うのは、無理しなくていい、です。
それで、出陣許可が下りるまではみなさんひとりひとりと仲を深めたいんです。
と・・・とりあえずいつもどのように過ごされているかを知りたいので、いつも通りの生活をしてほしいです。わたしが合わせたいので、慣れるまでよろしくお願いします。
隣の加州清光は、昨日顕現したばかりで。いろいろと教えてあげてください」

人間を、日本人を何年やっているんだと絶望的な挨拶だったが、言いたいことは言った。だから深々とおじきをするけれど、広間はしんと静まり返ったままで身体を元に戻すタイミングを見失っていた。

誰ひとりの顔も窺えずどうしようかと思っていたとき、誰か堪えられず声を漏らした。けれどたちまち乾いた音が一度してその声は消える。そして蛍丸によって口を塞がれていた愛染国俊が見えたので、たぶん彼が声の主だろうと思った。あとでこっ酷く叱られるかもしれないが、その拍子に自然と顔を上げられたので彼には感謝である。

そんなわたしを確認してへし切長谷部も指示を出す。

「・・・というわけで、本丸継承については以上だ。解散してくれ。内番のものは着替えてから再開するように!俺はこれから主に本丸をご案内する。さあ主、参りましょう」

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