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「き、きいてない!」

政府にもこんのすけにもきいていない。
わたしの嘆きは広間まで聞こえたのか清光がやってきてわたしたちを交互に見た。

「どーしたの」

頭の中が、真っ白?真っ暗?とにかく思考が停止し、清光にも何も言ってあげられずただひたすら呆然と立ち尽くす。

「・・・・・・え、ていうかすごいにおいするんだけど、そーいうもの?」
「あ」

彼に言われて漸く焦げ臭さに気付き、パンケーキをひっくり返そうとしたら返すものが無く先に火を止める。
そして足元のそれを拾おうと屈むがそのまま力なくしてしゃがみ込んでしまった。

「申し訳ございません、確かにこちら側からの発言はありませんでした。ですが、あの、おそらく本契約書には記載があると思います」
「・・・嘘でしょ、書類書類書類」
「ええー、全然はなしついてけない」

こんのすけの謝罪をきき今一度火を止めたことを確認し広間へ向かおうとするが、不満気にする清光が出入り口にいたので手を引いてそのまま連行した。



「引継ぎ、本丸・・・」
「ん?」

確かに本契約書には配属先の項目で新規ではなく引継ぎが丸されており、引継ぎ先として武蔵国とも記されていた。

「清光、わたし、引継ぎ本丸だった・・・」
「何それ、どーいう本丸?」


「くるみさまはご高齢に伴い本丸を離れた審神者さまの引継ぎでございます」

高齢化が進むのは政府の審神者も同じだ。
そこで練度の高い本丸を解体するより新規審神者に引き継がせた方が、より有利な立場で実践的に時間遡行軍を追伐できると考えているそうだ。
わたしの配属先も練度はもちろん顕現率もすばらしく、功績を残す本丸だという。
けれどわたしは頭がついていかず、・・・いや考えることを放棄したくなっているのかもしれない。ちゃぶ台に突っ伏した。

「・・・その本丸に俺はいない、ってこと?」
「はい」
「そーいうことね」

先程までここにいる誰もが取り乱していたが、今清光はひとり納得し飲みかけだったお茶を飲んでいる。
それを意味がわからないとぼやいて目に涙を浮かべていると、彼はケトルからお湯を足してわたしの分のお茶を入れながら眉を下げる。

「保管庫にいたとき巡回のやつらが言ってたんだよねー。この中から元々初期刀に含まれている『俺』を選ぶ子がいるんだなあ。しかもあそこの俺は主を神隠ししたって噂あるのに、あくまでも噂だけど。ってね。ってことはあの部屋に呼ばれた内定者って全員引継ぎ?選ばせてた刀たちもみんな折れたりして本丸には不在ってわけ?」

「え・・・」
「・・・・・・」
「ほんとうなの?」

こんのすけが静かにうなずく。
何もかもに驚愕だ。先程から彼らが喋れば喋るほど頭の中はパンク危機に陥る。

しかし詳細をきけば巡回の言い方とは逆に悪意のかけらもないかなしい事実だった。

何故なら、まず審神者が高齢でこの世を去ったというのは嘘ではないと報告されていること。
刀剣らは主を想い、日々の任務も完全に近侍等を主体で他本丸と変わらぬ成果を挙げていた。
ある日の『その日』は、政府で若き審神者への講話を予定していた。そして現代までの時空転移中で身体に負荷が掛かり意識を失い、当時付き添いであった加州清光が止むを得ないと判断を下した。そう考えられている。
また、それが何故誰も目撃者がいないのにわかるかというと加州清光は審神者を気遣い万が一のことがあれば自らも帰らないと事前の文書が見つかったためそう解釈した。

他にも、胸が張り裂けそうになった話があった。
その本丸の三日月宗近は『亡き主の講話ができなかった代わりに、この本丸が在り続けることで政府や若き審神者たちに影響力を必ず与えてみせよう』と。そう言って本丸の解体を拒んだ。

政府も彼らの強い信念を無碍にはできず継承を認め、今に至るという。






「ほっとけーき甘くておいしい!かふぇおれもちょっと舌が痺れるけどそれはきらいじゃない」
「それが所謂苦い、かな」

朝からどたばたとしてシリアスな展開にもなった。
しかしそんなことこそ夢だったかのように清光は機嫌がいい。

あのあとしばらく何も言葉にできずちゃぶ台に突っ伏したままいたら傍らで清光の腹の虫がなり、照れくさそうにおなかすいたなあ主とおねだりがあり彼のために朝食作りを再開した。
焼き途中だったそれをひっくり返すと食べるには少し無理がありそうだった。けれど材料には余裕がないので2枚目を焼きながら包丁で表面を薄く削いで自分用にした。見映えもそちら側を下にしてしまえば変わりない。
こんのすけとは少しギクシャクしつつも油揚げを出してあげて、ごめんね頑張ろうねとひと撫でしたらお互い想いは伝わった気がした。
とはいっても、清光のようには食が進まずにいると彼の左手に持つフォークが軽くこちらを向いた。

「ねー、今俺じゃないやつのこと考えてるでしょ」

光を帯びて眩しく見えるその先端が戦場にいる姿を連想させる。一瞬だけ血が下がり直後じわりと戻るような感覚が全身に起こった。

「なんで?」
「俺をかわいそうな目でみてるから」
「・・・ごめん」

そんなことないよ、とは言えなかった。
加州清光が刃生にピリオドを打とうとするのは池田屋事件だけでもういい。もう胸が張り裂けそうになるのに。思いがけず耳にしたそれはあまりにもショックだった。
そんな加州清光が存在した本丸で、三日月宗近らが望む引き継ぎ方がわたしにできるか不安で仕方ない。

「清光は、なんでそんなに平気なの?」
「俺たちは物で、刀で、壊れない限り主は代わる。選択肢なんてない。引継ぎ本丸っていうけどそれと何ら変わりないよなーと」

教えてあげたばかりのナイフとフォークでホットケーキを楽しみながらも、しゃべりは実に淡々としている。

「ちょっと不満なのはー・・・三日月宗近だっけ?そいつが大それたこと言ってるらしいけど、そもそも刀なんだからくるみの本丸になったからにはまずまた愛されるって幸せなことなんだぞーって迎えてほしいところかな。あーあと、先にいた俺については他人事ね。だから主がそいつと重ねたりするのもやだ。あとあと・・・」

よく話す清光に唖然としていると、自分で食べるのかと思っていた彼の一口大がわたしの唇につんと当たった。

「これから行く本丸のやつらと違って、今の俺にとっての主はくるみだけなんだから。それ、忘れないよーに?」

「あ、うう・・・」

清光のストレートさに負けて口を開けた。

「・・・ふ、フォークやお箸を人に向けちゃだめ」
「はーい、気をつけまーす」

2枚目に焼いたホットケーキはふかふかに仕上がっているはず。なのに食べてもわからないのは清光のせい。

そんな彼は叱られているのにとても幸せそうだった。

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