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こんな時間にお布団へ潜ったのはいつぶりだろう。とても健康的だ。
牛の刻の正刻と書いて正午だとかは今でもあるけれど電気の普及がない昔は時の流れもあいまいで、基本は太陽が沈めば火を灯したり月明かりを頼りに生きる。
暗かったり寒かったりで作業効率が悪いならば陽のあるうちに。時間が足りないと思えば、あるいは炎天下を逃れたければ朝日と共に起きればいい。きっとそうやって自然と共存していたんだ。
ところが現代は便利になり過ぎて暗ければ電気をつけて仕事を進めればいい、悪天候なら交通機関をうまく使ってどうにか移動するのだとかで生活習慣は乱れに乱れ寝不足がつきもの。
「・・・・・・清光」
「なーに?」
「眠れそう?」
「どうやったら眠れるのかわからないんだよね」
「それは、お昼寝したからかな?」
虫の音も聞こえない静寂の中で並んで敷いた布団に各々入り始まる闇夜の会話。
「いやー、さっき寝てて言うなってかんじだけどこれは根本的な問題かな」
「そうだなー。難しいことは考えず、全身の力を抜いて、目蓋もそっと閉じて、ゆっくり呼吸、を・・・・・・」
「・・・あれ」
「おはよー主」
やってしまったか?
暗闇の中で清光に眠り方を伝授していたはずが、次に目を開けたら辺りはもう明るくなっていた。
勢いよく上体を起こし隣の布団を見る。が、そこはもぬけの殻。布団も几帳面に畳まれていた。
さらにその奥ではまだこんのすけがブランケットに包まれ座布団の上で丸くなっている。
あまりに早すぎるし夢であるとしか思えないと掛け布団を剥がし布団があったスペースをペタペタと触る。ぬくもりひとつしない畳の感触だった。にしても今の声はどこから?
「・・・?」
「おーいこっちだよー」
昨日少し窓際にずらしたちゃぶ台で頬杖を付き、手をひらひらとさせた清光が失笑している。
夢かもしれないがまだ脳が覚醒していないこととこちら側からだと逆光で見えにくいのが重なって眉間に力が入る。
手と膝をずりずりとさせよたつきつつも彼に近寄る。
髪もきれいに結われて、もうずっと見慣れた黒の服で、宝石のような紅の瞳。
「・・・近いよ」
「・・・・・・いいゆめ」
「起きて、くるみ」
夢ならばと思いその美しさを間近で堪能していると両頬がぴしゃりと冷たいもので包まれた。
「ひっ・・・!?」
突然のことに身を翻し転がり込み、次のときには目が回り歪む天井をバックに清光が心配そうな面持ちをしていた。
夢なんかではなかった。
清光曰く一応睡眠はとったがわたしより遥かに早く目が覚め、布団を畳み、昨夜言われた通り歯磨きをし、自らの着替えまで済ませていたらしい。なお、頬に感じた冷たいものは水で冷えた彼の手だった。
大慌てで彼にお茶でも飲んで待っていてほしいと伝え、わたしも身支度をほどほどに整え朝食作りに取り掛かった。
ホットケーキの裏返すタイミングを待ちながら、いつもはスマホのアラームで起床していて、昨日は清光に悪いからとアラームを切っておいたのを思い出す。
適応力もなくつくづく情けない現代社会人で申し訳ない。
「おはようございます」
IHコンロの前でため息しかつけずにいると今日初めて聞くこんのすけの声がきこえた。
「おはよう」
毛並みを揺らしもじもじしている彼はわたしがどたばたしていても起きる気配がなかったのでたった今清光に起こされたらしい。
「作りながらでもよければ今日のスケジュール教えてほしい」
「はい、朝食後準備ができ次第くるみさまの本丸へ向かいます。政府の通用口ではなく庭先の時空転移装置から出発いたしますので」
「こんのすけもきてくれるの?」
「はい。このこんのすけ、実はくるみさまの本契約に伴いありがたく登用が決まりました」
「ええ、そうだったの?」
「はい。引継ぎ先のこんのすけも長いことあの本丸に仕えておりましたし今後は政府本部での新人教育の勤務が言い渡されましたので」
「ちょっと待って!」
今、絶対聞き逃せないことを言った。
こんのすけの言葉を遮って聞き間違いだと思いたく尋ねる。
「・・・ひきつぎ?」
香ばしさが漂う中、言葉を失い掌からはフライ返しが抜け落ちる。
それを狐がただただ小首を傾げる。