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「古くなった浴衣を寝間着に用いることもありましたし、結論は浴衣も寝間着ですね」
「そっかー。うーん、自国のことがわからないって情けない」

今わたしたちが身に纏っているそれが浴衣と寝間着(寝巻き)どちらなのかとその違いをこんのすけに教わりながら夕飯の支度を進めていた。
無知は恥とも言う。せっかくこういった昔のものたちに触れる機会があるのだからもっと自主的に図書館へ足を運んでみたりすればよかった。

「・・・まあまあ、しょーがないと思うよ?ていうか今より貧富の差が激しかったんだし、実際の庶民がどう暮らしてたかって言うのは記録さえ残す術がなかったかもしれないでしょ」
「確かに。例えば、字がわからなかったり、紙が無かったり・・・」
「そーそ。今かろうじて主たちに伝わってることだって、ごく一部のお偉いさんがやってたのをたまたま記録されてあって保存がよく解明されたかもだし」
「清光かしこい・・・!」
「でしょー、褒めて褒めて」

髪を乱すと怒られそうだから頬を手の裏側で軽く撫でてあげる。きめ細かい陶器肌に指が伸びたとき少し驚いた目をしていたけど、すぐ気持ちよさそうに細めて大人しくしていた。

「さて、ごはんできたよ。一緒に運んで」
「これはなに?」
「オムライスとサラダ」
「おむらいす、さらだ・・・」

お昼に夜の分も炊いて冷やご飯にしておいたから調理時間はそうかからなかった。こんのすけの油揚げもしっかり用意してちゃぶ台まで運ぶ。

「作るの見てたけどこれは卵で、中身はごはんをトマトのやつしてた」
「うん、でもこれから仕上げにかかるよ」
「まだ手をかけるの?もうおいしそうなのに」
「とりあえず座って」

何も言わずとも隣り合って座り、彼のオムライスにケチャップで愛情を込める。

「・・・き?」
「おおお、久々だからちょっと繋がってしまった」
「よ・・・・・・!?え、主すごい!」

きよみつ、と。先が細いディスペンサーではなく市販のケチャップそのものだから太めの文字で少し歪になってしまったけれどなんとか書けた。
予想以上に喜んでくれたのでよかったのだが、どうぞ召し上がれとスプーンを持たせてあげてもこれはもう食べられないよと大袈裟なことを言う。

「もー、しかたないなあ・・・。清光、ここ見て」

呆れてながらもスマホを手にしてカメラを起動させた。
オムライスからこちらへ視線を向けたのを見逃さずすぐにボタンを押す。そしてシャッター音にびくりとする清光に撮りたての写真を掲げた。

「ほら、これならずっと残る」
「スマホすごい!」
「喜んでもらえたのは嬉しいけど、食べてくれなきゃそれはそれでかなしい」
「た、たべる」

自らとオムライスが表示されたスマホを見ながらうっとりとしていた清光が再びスプーンを手にし、まだ躊躇いがあるのか名前のない端っこの方を一口大に切りとる。
左下に黒子がある口に運ぶところで、わたしは固唾をのむ。ちゃんと、お口に合うだろうか・・・?

ついに口に入れて何度か咀嚼していくうちに、彼の目尻には涙が溜まっていく。瞬時に『終わった』と思った。
口に入っているから喋るつもりはないのかしばし無言の時が流れ・・・・・・

「おいしい・・・」

掠れ気味の声が静寂を破る。
ほんのり滲んだ視界が紅を捉えた。

「えっ、なんでかなしい顔」
「お口に、合わなかったのかって。思ったから・・・」
「逆!言葉も紡げないほどおいしかったよ」

なんだよかったと安堵のため息と涙をこぼし、また新しい空気を吸ったら胸にじわりとあたたかいものが宿った。






「ちょっとかさかさする」

清光がちゃぶ台に肘をつきながら己の手に目をやる。

オムライスを余程気に入ってくれたのか、お礼に洗い物を全て任せてほしいと言ってくれた。ただそれはお風呂で見慣れた泡よりも肌に負担をかける。

「お皿洗いがんばってくれた証拠だよ。ハンドクリームつけてあげる」

ポーチから出したハンドクリームを清光の手の甲に適量載せ、馴染ませるようにマッサージしていく。
爪紅の塗られたすぐ横にもひとつたりともささくれを作らせないぞと念を込めた。
ふたりと1匹分の食器だからふやけるほどではないけれど、積極的に何か手伝おうとしてくれる姿勢が何より嬉しかった。
それを口に出していえば、主だから!と言われてしまった。
わたしだからという意味なのか、あるいは主命のような意味なのか。主って呼び名はこういうとき損をするかもしれない。
でもまだ主らしいことってできていない。そう、明日からが本番なんだ。気を引き締めて取り組んでいきたいと思う。

「主はなんでも持ってるね」
「これでも最低限の荷物なんだけどね。他の荷物はいくつかの、えーと箱・・・?箱に詰めてあって本丸に直接運んでもらうんだ」
「え、まだあるの」
「ある。清光は顕現したときの物だけ?」
「そーだよ?」
「加州清光殿、内番服や着替えは最低限政府で用意していますのでご安心を」
「んー、よくわかんないけど明日ってことね」 
「あ、そーだ。これ、とりあえず貸しておくね」
「鏡だ・・・しかも可愛い」

清光に手渡したのはコンパクトミラー。
以前そこそこ奮発して買ったデパコスのノベルティで、持ち歩き用に適したサイズだ。

「いつになるかわからないけど、万屋に行けたり現世のお店からお取り寄せができるようになったらちゃんと清光の欲しいやつ買おうね」
「・・・うん、ありがと」

掌で大切そうにしているそれはきっとこれから大活躍する。彼に心強い仲間ができて、また鏡?なんて言われてる姿が簡単に想像できてしまう。

「さて、はみがき行こっか」
「なにそれ」
「できれば毎朝と毎食後に歯を磨くんだよ、清光はお昼寝しちゃったからできなかったね」

やむを得なかったことと、歯磨き粉の特徴を説明しながら洗面所へ向かう。
種類も価格もピンキリだが、わたしはステインクリアに特化したあのシリーズが好きだ。今日もそれを持参し、もうひとつドラッグストアで購入したものを清光に見せる。

「ミントが苦手かもしれないからと甘い味付きを持ってきたんだ」
「いちご味・・・ていってもいちご食べたことないからわからないけど、それ、こどもって書いてある」
「気にしない、駄目なわけじゃない」

説得力に欠けたわたしに、このときばかりはあまり信頼してくれていない表情を見せる。けれどやはり初めての一般的な歯磨き粉には嘔吐き涙目になった。
だからすかさず例のもので不快感を緩和させ、結果清光はまだ実食経験のないいちご味を気に入った。

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