09


人工の夕陽でも時の流れは十分に感じさせる。

ほとんど身体を動かしていないうえ清光はお昼寝をしてしまったので、あまりお腹が空いていないのではないかと思い先にお風呂へ入ることにした。

また、散歩帰りに清光が玄関先のスーツケースを広間の方まで運んでくれた。
華奢に見えて軽々と持ち上げる。やはり男の子なのだ。それも現代ではなかなかいない刀を振るう腕。そもそも彼が刀そのものなのだ。
とにかく自分とは異なる身体の作りに思うところがあったが、スーツケースを漁りながら腹をくくった。
そしてスーツケースごと運んできてしまえばよかったとなるほどの私物を脱衣所に持ち込んだ。


「ねえ、ほんとにだいじょーぶなの主。可愛いけどさ」
「だって、他に思い浮かばなかった・・・」

最近の水着はバリエーションに富んでいて一見普通の服にしか見えないものもある。この研修期間中に使う物であれば経費で落とせるときいていたので、それを予め通販サイトで購入しておいたのだ。
閃いたのが計画書を提出した直後の話で、経費案件を拒まれることはないだろうが事の経緯を報告書にまとめねばならないかもしれない。ちょっと面倒だなと思った。

そしてきっと清光は現代の女性がこの程度肌を晒しても普通であることをよく知らない。だからやっぱり驚いてはいたけれど、可愛いとも言ってくれ素直に嬉しかった。

大浴場の洗い場に連れてきてまずは座らせ、まだ清光には掛からないようシャワーの温度を自分の手だけで確認した。勢いよく噴射されるそれに恐れる彼はあたり一帯立ち込める湯気で錆ちゃうよとも心配している。

「錆びないよ。これはシャワー、わたしたちの本丸にあるかわからないけど。温度が好きにできて今は気持ちぬるめにしてあるつもり」

試しにシャワーを手にかけてあげると擽ったいのか身をよじる。

「基本は上からきれいにしていくよ」

よく見ると洗い場にはメンズシャンプーが用意されていたのでそれの意味と持参した私物もあることを説明するが、主とおそろいがいい!とのご要望。
慣れた頃に頭からシャワーをかけ、水も滴るなんとやら状態の彼に固唾をのむ。
普通他人にシャンプーなんかしないから、と前置きをして痛かったらすぐに申告するよう口酸っぱく言う。
ハードルを下げたいがための言動だったけれど彼の不安を煽ってしまっただろうか、とても固く目を閉じている。

「いいにおーい」

でもだんだん緊張がほぐれてきたのかシャンプーの香りを楽しんだりとリラックスモードに突入した。
流すときは座ったまま屈んで耳を押さえてもらい、途中何か訴えていたけどこっちだってその筋の人じゃないんだと泡を流し切るまで手を止めなかった。
また、コンディショナーとトリートメントの違いを忘れてしまったのでその説明はざっくりとこれはお手入れのためだと言えば大いに喜び身を委ね続けた。

いつもはひとつに結っている髪を、胸元に待機させていた小ぶりの髪留めでまとめてあげる。挟みきれず弧を描いて垂れる一房がちょっと可愛い。

「はい、手を出して」

続いて洗顔用の泡で出てくるタイプのボトルを清光の掌に傾け、これは自分でやってみようと言った。
以前旅行の際に手荷物が少なくできるメイク落としも同時にできちゃう優れもの、として購入したが結局は行く先々のアメニティで済ましあまり活躍しなかった品だ。
ごしごししないよ、やさしくね。そう指導すれば真剣に取り組む姿があった。

やわらかいボディースポンジを手渡してあげれば洗顔と同様にこちらもセルフサービスで済んだ。
これから自分の本丸を持ったとき仲間が増えて喜ばしい一方、シャンプーやスポンジなどの好みがあってやりくりに頭を抱える姿が想像でき極力シェア可能な商品をとことんリサーチしようと誓った。


広い湯船にぽつりとひとり浸かる彼から離れ、今度は自分の髪を濡らし洗髪に取り掛かる。
のぼせる前にほどほどで出て先に脱衣所へ戻っていてね、と予め言っておいたので水が滴る髪を軽く絞っている頃には大浴場にわたしひとりだけだった。
それを把握したのち水着を脱いで事を済ませ少しの間シャワーを浴びたらそのままバスタオルを身体に巻いて脱衣所へと急いだ。

脱衣所に戻ると初めて見る寝巻き姿の清光が肩にタオルをかけて髪の水分を丁寧に拭き取っていた。

「え、主はや」
「ちょっと急いだ」
「ゆっくりしててよかったのに」
「大丈夫、それよりドライヤーしよっか」

清光のうしろにまわり備え付けのドライヤーを稼働させようとしたとき、ふとトイレでの一件を思い出す。

「清光、あのこれ・・・ 螺貝鳴る」
「また!?現世ってなんでこんなにこの音が好きなの」
「好んでるわけじゃなくて、素早く乾かすためには強風が必要なわけで致し方ないというか」


清光に限ったことではないが、刀の彼らはかつての主が入浴する姿をみたことがないと思う。
でもわたしだって当時を知らない。シャンプーに代わるものが存在したのかどうかもわからない。

それに、わたしは生まれたときから『ハイテク』が当たり前過ぎてそれが何なのかよくわかっていなかったと気付く。確かにうるさいがものの数分で髪を乾かすドライヤーさえ怠ることもある。
彼とまだ1日も経っていないのに様々なことを考えらせられるなと感慨深かった。


「おわり」
「ちょっと耳きーんってする。でもさらさら」

乾かしたての髪に指を通してその仕上がりにご満悦のところ、洗い流さないトリートメントをほんの少しだけつけてあげる。

「これもいいにおいだー」
「でしょ、鬼リピしてるんだ」
「鬼?」
「えーと、もう何度も使い切っては同じの買ってるの」
「へー、それが鬼りぴ」


清光の髪のお手入れをしたあとは先に広間へ戻ってもらい、彼と同じ備え付けの寝巻きに袖を通した。
まだ乾かしていない髪からぽたぽた水が滴るが、ドライヤーの前に脱衣所へ隣接したランドリールームで洗濯が必要なものを清光の分とまとめて乾燥までの設定に稼働させておこうと一旦廊下に出た。

「清光?」
「ドライヤーしないの?」

清光が廊下にしゃがんでいた。先に行っていていいと言ったのだが、待っていたいとのこと。
彼がそうしたいというのなら拒む理由もないので一緒に洗濯機をかけ、今度こそドライヤーをかけに鏡台前の椅子へ腰掛けた。

「俺ドライヤー、したい」
「へ?」
「主にしてあげたい」

先程から頬を染めもじもじとしているなとは思っていたけれど、つまりはそういうことだったのだ。

「じゃあお願いしよっかな」
「加州清光、がんばりまーす」



初めてにしては上手にドライヤーをしてくれた彼と広間に戻ってこんのすけと合流した。

こんのすけはお風呂に入らなくていいのか尋ねたら毎日入浴しなくても問題ないそうで、その気遣いを感謝された。
人の言葉を喋り、人と同じ物を食べ、ペットの類と同じ頻度で入浴し、まだ計り知れない知識や通信機能を持つ狐。実に不思議な生きものだ。

まだ身体も火照りが気になるのか袖を肩までめくり上げる彼にスキンケアの勧誘をする。当然喜んだ。

[]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -