13:I'm home.
-He waits laughingly-





 ―――…ヒワマキシティに帰り着いた途端、マコトは図ったかのように集まってきた友人知人にもみくちゃにされる羽目になった。

 「マコトちゃん!!怪我は大丈夫かい!?」
 『遅かったじゃない、心配したのよ!!』
 「へっ?マスター?ラウラさん?」
 「もう!だからポケナビ買えってあれほど言ったのにマコトのバカバカバカバカぁ!!」
 「え、エミまで……どうなってるの?」

 家に帰る前にまず何はなくともバイト先に顔を出さなくては、と思っていたのに、その必要がなくなってしまった。何がどうしてこうなった。というかなぜ彼らが、私が説明しない限り知りようのないはずの怪我のことを知っている?

 「あのね、ドラゴンくんが飛んでった後、マコトのお父さんだって人が郵便局まで来てくれたの」 
 「そうそう、俺らの店にもね。大怪我で病院に担ぎ込まれたって聞いてびっくりしたけど、意外と元気そうで安心したよ」
 『は?父親だぁ?』
 「あっ、ドラゴンくん!ちゃんとマコトに会えたんだね、よかったぁ」
 「………?」

 エミの言う“ドラゴンくん”とは、言わずもがなまめすけのことだろう。しかし、……“お父さん”?

 「えーと…とりあえず心配かけてごめんなさい。でも、私の父親って……」
 『おいおい……まさか親父、化けて出モガッ』

 放っておくと余計なことを喋りそうだった口は後ろ手で塞いで、エミに視線で説明を求めた。まめすけが何か喋ったところで実際に言葉が分かるのはラウラさんだけなのだが、要は私の気持ちの問題だ。
 そんな私たちを見て「仲いいんだねえ」と笑いながら、エミは私の父を名乗る人物のざっくりした特徴を話してくれる。

 「わりと若いお父さんだよね。すっごいやる気ないヨレヨレの格好してたけど、礼儀正しい人だったよ。あと、身長高すぎて郵便局の入り口で思いっきり頭ぶつけてた」
 『おいちょっと待て、それ完全にあいつじゃねーか』

 あいつ?と首を傾げるグラエナの兄貴――なんだかんだでこの呼び名がすっかり定着した――に、この上なく困惑した表情ながらもおまめは首を縦に振った。ヨレヨレでやる気の見当たらない服に高身長。これだけでも個人を特定するには十分すぎる情報だ。私も私でエミの話したその特徴に大いに思い当たるところがあり、確信をもって最後の確認にかかる。

 「…ごめんね、寄っただけでもタバコ臭かったでしょ」
 「あ……うん。なんかもう、骨の髄までタバコの臭いが染みてる感じだった」
 『あー』
 「やっぱり」

 これで完全に確定した“父親”の正体に、私とまめすけは揃ってがくりと肩を落とした。間違いなく“先生”だ。
 彼にも事件の経緯を細かく話した覚えはないのに何故、など色々と疑問は残るが、とにかく突然の失踪をお咎めなしになって助かったことには違いない。ひとまず頭を切り替えて、彼の作っておいてくれた設定になんとなく話を合わせておく。

 「せんせ……お父さんから聞いてるかもしれないけど、この通り腕がポッキリいっちゃって向こう一ヶ月は到底使い物になりそうにないの。迷惑かけて申し訳無いんだけど、どっちのバイトもだいぶ早い夏休みをもらうことになっちゃうわ」
 「うん、俺も支局長のおじさんもそれはちゃんとわかってるから安心して。無理しないでしっかり怪我を治すこと、いいね?」
 『あ、ちなみにこないだのツケは次のお給料から天引きしておいたから大丈夫よ』
 「ありがとうマスター、ラウラさん。」

 マスターに肩車をされる形でその頭の上に収まっているラウラさんが、もふもふの尻尾をもさもさと楽しげに揺らしていた。夏の走りのこの時期にブースターの体温はとんでもなく暑そうだが、それを担ぐマスターは平気なのだろうか。でもやっぱり副店長はかわいい。

 「マコトの手料理がしばらく食べられないのは残念だけど、特に用がなくてもまた遊びにいくからね」
 「うん、わかった。その時は遠慮なくこき使わせてもらうわ」
 「うんうん……ん?」

 相も変わらずすっとぼけている呑気極まりない友人を横目に、私はマスター達にぺこりと頭を下げてその場を後にした。ここにいなかった支局長のところへは、また後日改めて顔を出しに行くことにしよう。
 ふっと人の姿に変わって横を歩くまめすけが、私を軽く肘で小突いた。

 『いい奴らじゃん。お前の周り』
 「……そうね。本当に」


***


 マコトの家の内装は、多くのヒワマキの住宅の例に漏れない造りだ。メインの部屋のど真ん中は木の幹が豪快に貫いており、若干荒い板張りの床には、エキゾチックな風情を感じさせるキリムのラグが敷いてある。ソファ以外の椅子やテーブル、棚に箪笥にベッドなんかも全て同じ色味の木製だ。どうやらマコトはハンモックよりもベッド派らしい。
 そして何より一番目を引くのは、一人暮らしにしては広い家のいたるところに飾られたサボテンの鉢植え。そしてふかふかのポケモンドールである。

 「はい、到着。ようこそ我が家へ」
 『お邪魔します』
 『おー。そういや俺も入るのは初めてだな』

 玄関でグラエナの足を軽く拭いてあげて、マコトは愛用のピカチュウスリッパを履いて中に入った。まめすけは初めて入るツリーハウスが珍しいようで、切り出した丸太を組み合わせた壁をあちこちぺたぺた触っている。気持ちはわからないでもない。
 そんなおまめとは対照的に、生粋の森出身のあにきは部屋のあちこちにあるポケモンドールとサボテンの鉢植えが気になって仕方がないようだ。なんだあれはと言わんばかりに、先程からずっと難しい顔で本棚や箪笥の上あたりを凝視している。

 「まめすけ、そこのマリルはほぼエミ専用だからあんたは別のスリッパ使ってね」
 『へ?マリル?』

 まめすけは足元のスリッパ入れに視線を落とし、そして一瞬固まった。スリッパの爪先というべきか、とにかくその部分がことごとくポケモンのぬいぐるみなのだ。少し悩んだ末、プラスルとマイナンのスリッパを手に取ったまめすけ。足元が一気にファンシーになった。意外と似合っている。

 『あの、ご主人。あちこちに置いてあるこの緑のトゲトゲは一体……』
 「初めて見る?サボテンよ。集めてるの。触ったら痛いから気をつけてね」
 『そうだ、ぬいぐるみはまだ分かるにしたって何でサボテンなんか集めてんだよお前』
 「別にいいじゃない、砂漠育ちの性なのか囲まれてるとなんか落ち着くんだもの」

 誰が何と言おうとサボテンは癒しだ。マコトがそう言うとまめすけは『えっ?』と驚いて数秒フリーズした後、妙に納得したように『なるほどな』と大きく頷いた。その表情は心なしか嬉しそうだったが、今の話に何か喜ぶポイントがあったのだろうか。

 『ん?お前が自分から故郷の話題を出すなんて、この前再会したばかりの頃を思うとなんか感慨深くてな。俺は嬉しいぜこのこの』
 「ちょっやめ、てか心読むのやめてよもう」
 『お前が俺のこと言えんのかよ。お互い様だろ』
 「そういう問題ではない気がするわ」

 私よりも少し背が高くなったのをいいことに上から頭をわしわししてくるまめすけに片腕で応戦していると、私自慢のぬいぐるみコレクションを見ていたグラエナが『本当に仲がいいんですね』と可笑しそうに笑った。黒い尻尾がぱたぱたと揺れている。オスである彼にこう言うのは失礼かもしれないが、なんだかかわいい。

 『…しかしサボテンもそうだが、めっちゃ多いな。ぬいぐるみ』
 「うん、かわいいでしょ?」
 『ああ、マコトの趣味がよーくわかったぜ』

 『片付いてないわけじゃないけどごっちゃごちゃして見える』とは私の趣味まみれの部屋を総評したまめすけの談。以前エミにも同じようなことを言われた覚えがあるし実際その通りなので反論できず、その話は適当に流しておいた。
 お気に入りのソファに腰掛け、何気なくテレビの電源を入れる。ぽちっとな。

 『!!?』
 『どうした兄貴』
 『ど、どうしたもこうしたもあるかお前。ご主人、なんですかそれ…!?』

 私の指先ひとつでいきなり音と映像を吐き出し始めた謎の箱−−うちのテレビは旧式のブラウン管だ−−をあからさまに警戒しながらあにきが恐る恐る傍に寄ってきたので、隣の席を軽く叩いてソファの上に招いてあげた。これまた難しい顔をして、テレビの画面を穴が開くほどに凝視している。

 《さあみんなー、ちびっこマーチの時間だよー!》
 《おにいさんおねえさんといっしょに元気に歌おー!!》
 《はーーーい!!》

 たまたまチャンネルが合っていたのは、満点の笑顔のおにいさんおねえさんと変な着ぐるみが登場する夕方の幼児番組だった。彼にとっては当然これも初めて見るものなので、不思議で仕方ないのだろう。
 しかしあのグラエナが幼児向け番組を真剣に見ている姿があまりにもシュールだったので、じわじわ込み上げる笑いを必死に堪えるまめすけをどついてチャンネルを変えさせた。案の定彼はテレビの操作のしかたも知っているようだ。
 ぴちゅん、ぷーん……というレトロな音と共にニュース番組に切り替わった画面を見て、またグラエナがびくりと驚いた。

 「これはテレビよ、グラエナ。遠くの景色を映してくれるの。いちいち人間の道具に驚いてたらこれから身が持たないわよ?」
 『す、すみません。でも不思議だ……どうしてまめすけは驚かないんだ』
 『ああ、一人であちこち回ってた時にちょっとな。言葉さえどうにかなれば人として暮らせそうなくらいには人間に詳しいと思うぜ』
 「ふーん。それは私も初耳ね」
 『そりゃ初めて言ったからな』
 「あっそう」

 どうやら私が一人で塞いでいる間にも、まめすけは色々と勉強していたようだ。どこの誰からそんな知識を得てきたのか気になるが、それはまたおいおい聞いていくことにしよう。
 テレビの向こうのニュースキャスターが報じていたのは、キンセツシティ近郊でまた無差別通り魔事件が発生したとの内容だった。最近やたらと多いニュースだが、犯人はまだ捕まらないらしい。そういえば遥か遠いカントーの地では、1年ほど前に解散したはずのポケモンマフィアの残党が地下で牙を研いでいるという話もちょくちょく聞いている。何だか最近どこも物騒だ。
 
 「通り魔の犯人、捕まりませんねぇ。聞けばだんだんこの辺に向かってきてるようですよ」
 「げ。そうなの?」
 「ええ。何が目的で移動してるのかは分かりませんけど。あ、お茶どうぞ」
 「あら、ありがと」

 ぼんやりと考え事をしつつテレビから目を離さずに喋っていたら、何者かに冷えた麦茶のグラスを渡された。丁度いい濃さでおいしい。

 …………ん??ちょっと待て。

 「………………」

 油を差し忘れたロボットのようにぎぎぎぎぎと上を向くと、そこには半ば思った通りの人物がいた。その存在を認識した途端、音も気配も、その骨身に染みついているはずの紫煙の匂いでさえも突然降って湧いたような錯覚。デジャヴ。おいこら、一体いつからうちにいた。

 「先生!!」
 『先公!!』
 「はーい。先生ですよー」
 『!!?痛っ!』

 誰かに近付く時にいちいち気配を消して忍び寄るのは先生の(性質の悪い)癖のようなものなのだが、いつの間にか人が増えるというあまりにも奇想天外な怪奇現象に驚いたあにきが盛大にソファーから転げ落ちた。昔からのことで慣れている私やおまめはちょっと驚くだけで済むが、まあ普通ならグラエナのそれが当然の反応だろう。

 『誰だ!?』
 「おや、あなたは初めましてですね。まあ自己紹介もいいですけど、その前にひとつ言わせてくださいよ」

 ごく当然のように現れて、すっかり私の家の風景に馴染みきっている闖入者。火の点いていない銜え煙草を戯れにぴょこぴょこと揺らし、気の抜けるような緩い笑顔でへらりと笑ってこう言った。

 「お帰りなさい、みなさん。遅かったですね」






(待ち人、来たりて)





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