(原作寄り)
(例によってローさんが気持ち(以下略))
今日はなにやら船長の機嫌がいい。正確に言うと、昼飯が済んで暇潰しに出ていってからだ。
今日のおやつをラズベリージェラートにしたせいもあると思うが、それにしても。
うちには3時のティータイムの習慣があって、お菓子当番は旗揚げ時分からずっと俺だ。
もっとも最初は船長と俺でじゃんけんして決めたんだけれど。
故郷の習慣て言うのは恐ろしいもんで、昼飯と晩飯の間になにか(できれば甘いもの!)をつままないと落ち着かない。
俺の作れるものなんて、ただ混ぜて焼くか固めるかだけの簡単なものだけど、不思議と船長の口には合うらしい。
そんなわけでうちにはティータイムがあるのだけれど、今日はその間中ずっと船長の機嫌がよかった。
「なあ、船長の機嫌よかったよな」
「ああ。ちょっと気持ち悪いくらいな」
甲板で晩飯の仕込を手伝いながらペンギンに話しかける。
今日の晩飯には大量にジャガイモを使うらしく、二人して喋りながらもせっせとナイフを動かした。
しかし、ちょっとって言うのは大分控えめな表現だ。ジェラートを食べながらにやにやしたりうっとりしたり顔を赤らめたり。
そういう表情のときの船長が考えてることなんて、ある人物のことしかないわけだけど、それがなんなのか。
「気になるな」
「なに、気になんの?ペンギン。」
「いや、正直全く興味はないが、内容は気にかかる。厄介事かどうかのな」
「ああ…。まあそれは。聞いてくれば?」
「嫌だ。ユースタスがらみの件には関わりたくない。お前が聞いてきてくれ」
「ええ?俺だって嫌だ」
「お前だって気になるんだろ?」
「そうだけど…って、じゃあじゃんけん!じゃんけん!」
この世には岩も切れるハサミが存在するらしいけど、じゃんけんの世界ではイシにハサミは勝てないって決まってる。
チョキを出して負けた俺は、気が進まないまま船長のところに向かった。
どうせお茶を持っていかないといけなかったから、ついで、にはなるんだけど。
……嫌なついでだ。
船長室に入ると、船長は椅子に座って本を読んでいた。傍のテーブルにお茶を置きながら切り出す。
「船長、今日やけに機嫌いいっすね」
「ふふふ、そうか?」
そうか?もなにも、機嫌がいいことこの上ない。
上機嫌な船長は、読みかけの本を傍らに置いて、じゃあ特別に見せてやるよと左手を俺の目の前に突き出した。
船長の五本の指の付け根に入っているDEATHのアルファベット。その中のTだけがない。
それだけじゃなく、Tがあったはずの薬指は、他の四本に比べて少し大きくてごつごつしていた。極めつけが爪を彩る漆黒のエナメル。
「いいだろ?取りかえっこした」
うれしそうに、本当にうれしそうにしながら船長が左手の薬指に口付ける。びくりと不自然に動く薬指。
さっきより大分いいこになったんだぜと言いながら、船長が薬指をぺろりと舐めて甘く噛むのを、俺は自分の左手を握りしめながら見ていた。
あれが自分のだったらなんて、想像するだに寒気がする。やっぱりお揃いのリングはいるよなあなんて呑気なことを言ってる船長になんと返すべきなのか。
どうやって、とかよくそのまま帰ってこられたとかいろいろ思うことはあるが、どれ一つ言葉にはならずに、喉の奥へと飲み込まれた。
なにを言ったって返ってくるのは惚気に決まっている。犬も食わないなんとやら、だ。
これで一方的な片想いなんだから、余計に性質が悪い。
指をとられた彼が黙っているわけがないだろう。
悲しいかな、赤いあの男が船に怒鳴り込んでくるのは最近日常化してきていて。
その所為か心なし、部屋の中の金属類がカタカタと音を立てているような気もする。
今日もお引き取りいただくための菓子を作らないといけないのだろうか。
左手の薬指はあけておいて
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