今日はユースタス屋がまかない食ってくる日。そういう日は俺も適当に晩飯済ませて待ってんの。勉強もしたいし、作らなくていいのは楽かな。
でも家に一人でいる時間が長いのはちょっと寂しい。だから学校でぎりぎりまで勉強して、それから帰る。帰り道にはユースタス屋の店があるけど入らない。これくらいの時間帯は大抵席が埋まってるし。あと女の客の相手するユースタス屋を見たくないから。
と言っても、この時期店は明るくてあったかそうで、ついつい入りたくなるけど我慢。
いろいろ理由はあるけど、ユースタス屋が帰る前にうちにいて、明るくしてあったかくしといてやりたいから。帰って来たときに家が暗いと、なんだか切ない。俺んちは両親とも働いてるから、たまに俺が早く家に帰ったらそんな感じだった。
だから。

帰ってきたうちはやっぱり、というか当然暗い。それでも、なんとなくただいまって言ってしまうのはもう癖だよなあ。玄関とリビングの電気をつけて、ヒーターもつける。こたつはつけない。俺はキッチン寄りのテーブルで勉強するし、なによりこたつつけてたらユースタス屋がそこで寝るから。そんなとこで寝たら風邪ひくって言ってんのにな。
部屋の中をあったかくして、先に風呂に入る。入ってないなんて言ったら、絶対風呂に連れ込まれてアウト。だ。一緒に入ったことなんて数えるくらいしかないけど、なんにも無しであがった記憶はない。一緒に入るだけならいいけど、色々致してしまうのはごめんだ。風呂じゃなくたってすんのに。
ブランケットをかけてキッチンのテーブルへ。時計が見えるところへ座って本を開く。ブランケットをぎゅっと巻きつけると、ユースタス屋と一緒にいるみたいな気がして、そんなことをしてる自分に少し呆れた。
あと半時間くらいでユースタス屋が帰ってくる。

がちゃり、と、鍵の差し込まれる音がした。出迎えにとか行かない。本は開いたまま。
ばたばたと、決して静かではない足音がしてドアが開く。振り返らなくてもすぐにやってくる。


「ただいま」


「…おかえり」





寒い寒いって言いながらぎゅうぎゅう抱きしめてくるユースタス屋を風呂に追いやって、また本に目を戻す。開いてるのはあんま頭使わなくてもいい本。俺が気になってるのはここ最近の寝る前の習慣だ。ユースタス屋が寝る前にそれは行われるわけだけど、どうにもこうにもまだ慣れない。逃げ出したくなるっていうか。でも、なんだかそわそわしながら待ってる自分もいて、思わずうめき声を上げた。どうかしてる。


「ロー」


風呂から上がってきたユースタス屋が、ソファに座って俺を呼ぶ。行かなかったら抱き上げられて連行されるのはすでに経験済みなので、本を閉じてゆっくりソファに近づいた。ソファの上で、向き合うようにして座る。ユースタス屋の手にあるのは所謂リップクリームというヤツで。


「ほら、ちょっと口開けろ」


ユースタス屋の右手が、俺の顎をつかむ。ぐっと見下ろされて、べたっとした感触が唇に広がる。なんでこんなことになったんだっけ。俺の唇が切れてたからだ。口から血ぃ流してる医者に診てもらいたいやつなんかいねーよとかなんとか言って、ユースタス屋が自分のリップを俺に塗った。それ以来寝る前の習慣になりつつある。
ユースタス屋はそういうの好きだからな。リップとかハンドクリームとか石鹸とか。そういうの無頓着そうなのに、そういうの好きだ。ジュエリー屋と時々そういうの置いてある店に出かけてる。実際俺のほうがそういうことには無頓着だから、唇が乾燥したって舐めて終わりだ。

ゆっくりとリップが滑っていく。少し伏せられた目とか、睫とか。風呂上りだからほんのり色付いた頬だとか。ユースタス屋の手で固定されて上を向いてるから、嫌でも目に入る。あと、こうするときに俺に口開けって言うけど、ユースタス屋の口も少し開いてる。気がついてないのかもしれないけど、時々その紅い舌がちらちらと見えて。動いて。

ああしんぞうがうるさい。

念入りにリップを塗られて、満足げなユースタス屋がにっと笑って手を離してくれる。くるくると短くなったリップが収納される。


「そろそろ新しいの買わねえとな」
「すぐなくなるんなら、俺は別にいいけど」
「なに言ってんだ。俺がやんなきゃお前絶対口から血ぃ滴らせたままだろ」
「人を吸血鬼みたいに言うな」


にやにやしたユースタス屋が俺の頬をなでる。


「それにさ、俺お前にリップ塗んの好き」
「……変なやつ」
「だって、これやってるときのお前がすっげーもの欲しそうな顔してっから」



キスして欲しいって



かっと顔に熱が集まる。そんな顔、してたか!?居たたまれなくなって逃げだそうとする俺を、ユースタス屋が許してくれるはずもなくて。ぎゅって抱きしめられて、あっという間に顔が近づく。あと数センチでってとこで目を瞑って、そして。


「でも、してやんねえよ」


耳元で意地悪な、楽しそうな声。
俺を包んでたあったかいものが急になくなって、目を開けたらユースタス屋は寝室に消えるとこだった。なんだそれ。
なんだよ、それ。


叫びだしたいのに叫ぶことも出来なくて、八つ当たりする相手は目の前にいない。口を開いても言葉が出てこなくて、たまらずにユースタス屋の後を追いかけた。
ああ、やっぱり今日も思うツボだ。






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