(原作より)
終わらないで、なんて。
さやさやと衣擦れの音がする。
隣にいたユースタス屋の腕が俺の肩に回って、ぎゅっと抱き寄せられた。
二人のあいだに言葉はない。優しい沈黙があたりを支配する。
右の耳でユースタス屋の心音を感じながら、少し笑う。
こちらを覗き込んだユースタス屋と目が合った。ああまだその手を離さないでくれ。
俺の髪を梳く優しい手。その手の優しさに初めて触れたのはいつだっけ?
赤い炎の中に、蒼い色が溶けている。
どちらからともなく、俺たちは重なり合って、混ざり合った。
見つめ合って、求め合って。言葉なんかなくても。
恋だとか愛だなんて、そんなのは笑ってしまうくらい好きで好きでどうしようもなくて。
そう、これもいつもと同じシアワセな時間。
でも今日は違うんだ。終わりの時がやってくる。
俺たちは明日、出航する。
目を覚ますと、ユースタス屋はもうすっかり支度を済ませてベッドに座っていた。
相変わらず寝ぼすけだな、トラファルガーって笑われた。
「いくのか?」
「ああ」
「……そうか」
いつの間にかコートを握り締めていた俺の手をそっとはずして、赤い瞳がこちらを見た。
炎が揺れている。つないだ手はすぐにほどけて。
背を向けざまのユースタス屋の顔はなんだか泣き出しそうな愛おしそうな、切ない顔だった。
その背中が遠ざかる。ドアまであと数歩。ああ、ああ、終わらないでなんて。
永遠なんて信じちゃいないのにそれでもそう願ってしまうほど。
「……きっど」
出すつもりじゃなかった俺の声はたっぷりかすれて空気に溶けた。
でもユースタス屋の足を止めるには十分だったみたいで。
そんなこと、するつもりじゃなかった、のに。
短い沈黙のあと、背中越しに声が聞こえた。
「俺たちは海賊だ。それで、俺にもおまえにも大切なものがあって、手に入れたいものがある」
「ああ」
「だから俺は行く。それはおまえも同じだろ」
「……」
「俺は俺の望みをかなえるから。望みがかなったら次はおまえの番だ」
俺はさっさと望みをかなえておまえを奪いに行くからな。覚悟してろよ、ロー。
閉じたドアを見つめてどれくらいたったのか。
大丈夫。終わってはいない。再度見える日まで。
俺も俺の望みをかなえに行こう。
そして。再度の日に。
最後の日
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