きみはなにいろ





(未来パロ(?))
(まさかの続き
(人様からのリクなのに十二分に活用しすぎ)





「お前は俺の“こいびと”だ」


とりあえず、その言葉を信じるしかなかった。



目が醒めたとき、目の前にいたのは一人の髭面の男だった。どうやら俺はリセットされたらしい。
リセットって言うのは、俺たちの中に埋め込まれたチップを初期化されること。基本的なこの世の中の常識とかは残るけれど、それまでの人格はなくなってしまう。
どこで、なにをしていたか。自分が誰だったのか。そういったことは全て跡形もなく消えてしまう。
リセットされるのは、古くなったボディの替えがないやつ、何らかの訳があって自分自身を売り飛ばしたやつ、もしくは犯罪者―――それもかなりの凶悪犯。

俺に再びチップを差し込んだのは、この男―トラファルガー・ローだろう。
こいつが俺の「前世」を知っているのだろうか。少し興味はあったが、聞いてみるのはなんだか怖い気がして、その問いは俺の口に上らない。
そもそも、こいつが俺の「前世」を知っている確証もないのだし。
トラファルガーは俺に接するとき、初めて知り合ったやつに対するように接する。誰かの面影を重ねてるだとか、そういった素振りは見せないし、感じない。よっぽど巧妙に隠しているか、知らないかだ。
でもまあ、そんなこともどうでもいい。特にここにいるとそう思えてくる。

日々の暮らしに不満はなかった。トラファルガーと恋人だと言うことに関しても。
一緒に飯を食って、一緒に過ごして、夜は一緒に眠る。時々やつのほうから触れてくるだけで、俺たちはまだ情交を交わしたこともなかった。特に求められるわけでもなく、俺の身体が反応するでもなく。
「前世」の俺はそういったことに精通していたのだろうか。今の俺の身体はトラファルガーに反応しない。抱きたいとは思わないんだ。
いつか、こいつを愛せるようになれば、情が湧けば抱きたいと思うだろうか。
俺のトラファルガーに対する思いはまだふわふわと頼りないもので、一方的に与えられた「恋人」と言う役割をなんとなくこなしているだけだった。
嫌ではない。だからと言ってこれを好きと呼んでいいもんだろうか。出会ってから二週間くらいたって、ずっと一緒にいて某かの感情は湧いてきた気はするが、まだ俺はそれを“好き”とは呼べない。

それでも、俺と一緒のときに摺り寄せて来るトラファルガーの温い体温が心地よいと感じるんだ。テレビを見ながら、窓辺で座りながら、ベッドの中で抱き合いながら。
大抵はあいつのほうが俺を呼んで、抱きしめさせられる。でも、俺から擦り寄ると抱きしめてくれる。そんなときは、俺のほうがでかいからちょっと身体をずらして。トラファルガーに抱きしめられながら、あいつ越しに海を眺めるのが好きだ。
そうしていると、こいつを愛しているような気になってくる。海を見飽きたら、トラファルガーの首筋に顔を寄せて目を閉じて。
薄い体臭にくすんと鼻を鳴らせば、温い唇が頬に触れてくる。身体の奥のほうがじわっとなるけれど、少し気恥ずかしい。


今日はトラファルガーは出かけて、俺は留守番。ちょいちょいこういう日がある。何の仕事をしているのか知らないけれど、まあものすごく儲かる仕事なんだろう。
でなけりゃ一週間の大半を恋人といちゃいちゃして過ごすなんてできやしない。
朝からずっと海で過ごした俺は、いい加減疲れて日が落ちるのも早々にベッドに潜り込んだ。
海で泳ぐのは好きだけれど、一日中となるとまだ少し疲れる。捕まえてきたジェリーフィッシュに、明日エサをやらねえと…なんて考えているうちに、まぶたが下に下りてしまった。それが何時だったんだろう。


「ユースタス屋」


ふいに揺り起こされて目を開けた。薄暗い部屋の中、ベッドサイドのランプがほのかに光っている。
俺を揺り起こしたのはほかでもないトラファルガーで、まだスーツ姿のままだった。少し、酒臭い。


「……なんだよ……?」
「もう寝てたのか、お前」
「いつ寝たっていいだろ…」


目を瞬きながら身体を少し起こす。ぎしりと音をさせて、トラファルガーがベッドに座った。この明るさでは表情までは見えない。


「ゆーすたすや」


突然だった。起こした身体がベッドに逆戻りする。温い唇が俺のそれと重なり合って、トラファルガーが俺に覆い被さってくる。短い呼吸を繰り返しながら、何度も何度も。唇は温いのに、俺の口の中に入ってきた舌は熱かった。唇から食われてしまうみたいにちゅぷちゅぷと音を立てて、トラファルガーが一心にに俺を貪る。
俺の肩に添えられた手は、まるで俺を逃がさないようにしてるみたいで。薄目を開けてやつの顔を窺ったけど、やっぱり表情は見えなかった。


「……なあ、あいしてても、いいよな?」


長い長い口付けのあと、やつが呟いた言葉には不安の色がにじんでいた。なにを不安がっているんだろう。ここでの主導権はいつだってやつにあって、むしろ不安に思うことが多いのは俺の方のはずなのに。


「俺たちは“こいびと”なんだろ」


そう言って、目の前にある温い体をぎゅっと抱きしめた。スーツがしわになっても構わないだろう。まあこの場合。
頭をそっと撫でてやると、だんだん身体から力が抜けてきて。
灯りを消して、トラファルガーにも布団をかけてやる。暗闇の中で手を伸ばして、その身体を再びぎゅっと抱きしめなおした。


そういえば、唇にキスをしたのはこれが初めてだった。




きみはなにいろ