シャドーを探し始めてから一週間。
今日は、ついに本調子ではないと判断されて休むように言い渡されていた。いつもなら笑って喜ぶタップもその時ばかりは淡々と了承するだけだった。その大人しさが更に周囲を驚かせ騒がせていたけれど、そんな事に気づく様子もなく、そのままの足で談話室へと現れてソファへと倒れこみうつ伏せに沈んでいた。
「・・どうした?タップ」
遅れて談話室にやってきたハードが見たこともないタップの力尽きたような様子に思わず声をかける。するとタップは、うつ伏せから起き上がるとソファへちゃんと座りなおしてハードを見上げた。
「ちょっと寝てただけだよ」
「寝てただけでそんな顔をするとも思えないが・・」
その指摘にハッとなり表情が暗かった事に気づいた。けれどそれではまた何かあったと証明しているようなものなので、慌ててハードを見れば、ハードは普通だった。いつもと変わらない様子で専用のソファへと腰を下ろしていた。しばらくハードを眺めていてもそれ以上何も言ってこない様子にタップは、溜息を漏らす。
「シャドーと喧嘩でもしたか?」
その言葉にタップは驚いてハードを凝視する。先ほどまで黙り込んでいたハードが平然と言い当ててくるとは思ってなかった分、驚きが大きい。けれどそんなタップの反応を見てもハードに変化はない。
「なんで皆わかるんだ?」
「シャドーがお前の近くに居ないからだ」
その答えにタップは、訝しむように首を傾げた。誰か知っている者から聞いたなら素直に納得出来たかもしれない。けれどハードが誰かに聞いたと隠して言う必要性もないし、ハードの性格から面倒な事は考えず良くも悪くもいつも真っ直ぐなので、言った通りなのは間違いない。ならいつも近くにシャドーが居るかと問えば、タップの認識では違っていた。
「え、いつもそんなに俺の近くに居た?」
「居た」
戸惑いつつ確認するようにタップが問うと真っ直ぐハッキリとハードは言い切った。その言葉にまたタップは動揺する。そして、談話室のドアの開閉音がして振り向くとスパークが入ってきた所だった。
「あれ?タップ、シャドーは?喧嘩したの〜?」
「・・マジかよ」
更に追い打ちをかけるようにスパークは、タップを見てすぐにシャドーの事を確認してきた。本人には特別意識した言葉ではなかったようで、少し首を傾げながらもいつものように歩いてきてソファへ座る。その間にタップが再び確認するようにハードへ視線を移すと、ハードは小さく頷くだけだった。
「お前はシャドーと一緒に居るのが当然でお互いそう思って過ごしてるんだろうと考えていたが、違ったのか?」
「別にそんなんじゃ・・」
途端にタップの中で最初シャドーが消えた場面から今までの事が全部思い出された。誰もがシャドーの事を尋ねてきては喧嘩した事を言い当てて納得してしまう。そんな仲間にいつも一緒であると認識されるぐらいだったのに一度仲違いするだけで見つける事すら出来ず、気配すら掴めない。そんな事が一気に頭の中を駆け巡って、タップはアイカメラやコアが熱を持ち始めたのに気づき立ち上がると、逃げるように談話室を後にした。
やって来たばかりのスパークは驚いて不安がり、ハードを見る。
「タップ、泣いちゃう?」
「心配ない。喧嘩してたとしても限界だろう」
釣られて泣きそうになるスパークの頭をハードは優しくなでた。
飛び出したタップは、何処に向かう訳でもなくとにかく走っていた。無意識に誰も居ない場所、動く者が居ない場所を選んで駆け抜ける。そして、溢れてくる冷却水と少しずつ歪む視界に歯を食いしばる。けれど何も意味が無い。
「シャド・・ッ、シャドーの馬鹿野郎ッ!!何処に居るんだよ!!出てこいよ今すぐ!!」
形振り構わずに叫びながら駆け抜ける。声は少しばかり上ずったりして、泣いている声だと分かりやすすぎるぐらいだったけど気にせずに声を出す。そして、もう一度何か叫ぼうとした時、フワリと何か懐かしい感覚が走る。
『お呼びで?』
センサーの近くで聞こえた一言に驚いて急ブレーキをかけ、無理矢理にでも止める。音や床が凄い事になっていたけれど、気にせずに来た道を振り向くとそこにはシャドーが立っていた。それを確認すると、声もなくタップのアイカメラから冷却水が溢れた。するとシャドーはやっと焦ったように駆け寄って来る。
「た、タップ殿!?如何なされた!?」
それはいつものシャドーでしかない。それがまたタップには嬉しい半面今までの自分の行動を顧みて辛さもあり、色んな考えが交差するため熱が中々冷めず、冷却水も同じように止まる気配がない。けれどタップは、なんとか今出ている分を手で拭って慌てるシャドーを睨みつけた。
「お前今まで何処に居たんだよ!!」
「何処と申されても・・」
突然のタップの大きな声にシャドーは気圧されるように言葉を詰まらせた。するとタップは更に追い打ちを掛けるように壁際まで追い詰めながら問いかける。
「なんで今まで姿見せなかったんだ!謝りたくても謝れないだろ!!それ込みでの嫌がらせかよ!!」
「何をそんなに興奮なされてるかわからぬが、消えろと申されたのはタップ殿でござろう?」
壁際に押されつつシャドーが何気なく言った言葉にタップは言葉を失ったように唖然としてから、一気顔を赤くして冷却水が勢い良く流れだす。それに驚いてタップは、慌てて自分の手で顔を覆ってシャドーに背を向けた。その様子にはシャドーはまた焦り出す。
「何故お泣きになる!?」
シャドーが喋る様子はいつもと何も変わらない。嫌味で言っている様子はないけれど、そうと聞こえても仕方ない。それでも焦り慌てるばかりで他に攻めるような事も言わない様子から、タップは少しずつ自分を落ち着かせるように確認していく。
「お前、俺が消えろって言って怒ってないの?」
「それには驚きはしたが、怒るとは何故?拙者に非があった事でタップ殿に怒りを返すのは見当違いでござろう?」
至極当然というあっさりとした返答にタップは、思わず顔を上げてシャドーを振り向いた。そこにはいつものシャドーが居るだけで、怒りも呆れもなく、本当にいつものシャドーだ。それを見てまた嬉しさや今までの恥ずかしさでごちゃ混ぜになっていく。
「なんでそうなんだよ馬鹿忍者!!アホ忍者!!だから腹立つんだ!!」
「タップ殿、拙者は何一つ気にしてはおらぬのだから、心配なされるな」
泣き喚くように言い放つと冷却水がまたポロポロと流れ落ちる。その様子にシャドーは、少し嬉しそうに微笑みながらタップを抱きしめると、タップはまたスイッチが入ったように泣き始める。そんなグズグズの状態で「ごめんッ」と微かにタップが呟くと、シャドーは今まで見た事がない穏やかな表情でタップが落ち着くまで優しく抱きしめていた。
「お前の腕の中で泣く時が来るとは恥ずかしくて死にたい」
本格的に泣き出してから少しずつ落ち着いて改めて現在の状態を自覚した途端にタップが呟いた。未だにシャドーの腕の中で胸を借りてる状態なので表情は伺えないけれど、明らかに不満気な声にシャドーは驚いて抱きしめるために回してた手をタップの肩に置いてタップの顔を覗きこむ。
「その言い方は余りに辛辣ではござらぬか!?それ程までに拙者を疎まれるので!?」
「バーカ。本当にそうなら最初から大人しく腕の中に収まってねぇよ」
焦ったようにシャドーがいうと、タップは照れくさそうに顔を逸らしながら言葉を返す。その顔を目の前で見たシャドーは感動したように再度強く抱きしめたけれど、強すぎたらしく照れ隠しも込めたタップの容赦無い膝蹴りが横から入り、強制的に解放される形となった。
「で?俺が消えろって言ってから、何処に居たんだよマジで」
先ほどまで泣いて腕の中に大人しく収まっていた様子は微塵も感じられない。そして不機嫌な表情でタップはシャドーへ強く言い放つ。するとシャドーは、少し脇腹当たりを痛そうにしながらも復活したタップの様子を見て安心したように話し始めた。
「何処と言わず、タップ殿の行動を予測して行き違いになるように気を配ったり、後は影に潜んで窺い、極力姿を見せぬよう専念していただけでござる」
サラリとしかも少し嬉しそうにしながら言われた事に対してタップは更に不満気な顔をした。窺うという事は、タップの行動の一部始終を見ていたという事。それはつまり少なからず探していた姿も見ていたかもしれないという事。そこで気にならないはずがない。
「明らかに俺が探してたのに隠れてたのかよ?」
「それは・・、タップ殿が拙者を探している姿が新鮮だったゆえ」
その言葉にタップも驚く。でもすぐに納得していた。
「確かにお前を探すの俺も新鮮だったけどな」
「加えて拙者を求めるタップ殿が大変可愛らしく見え申して・・」
お互い同じ事を感じていたのかと少しうれしい気持ちに包まれ微笑みかけた途端に、シャドーからの予想外の言葉にタップの表情が一変して訝しむものになる。だけれどシャドーは自分のログを遡りながら話す事に夢中のようで、気づく様子もなく続けていく。
「更には不安げな顔や必死な顔など色々な表情を見ているうちに楽しくなり申して・・」
つらつらと述べられるシャドーの言葉。シャドーは幸せそうに語っているけれど、聞いているタップの表情は悪化していた。最初とは別の赤みを帯びて、少しずつ歯を食いしばる力を強くしていく。
「極めつけに泣いてしまわれたのには心痛む思いもあれど、タップ殿がとても可愛い様子が・・、タップ殿?如何なされた?」
それまで無反応だったタップにやっと気づいたらしいシャドーが呑気な口調と顔でタップを見た。するとそこには怒りを露わにするタップが居た。泣くも怒るも熱くなるのは同じ事なのでまた冷却水が滲み出ているのは気のせいじゃない。
「やっぱり俺に謝れ!!少しでも真剣に考えてた俺が馬鹿だった!!」
シャドーの言葉は、今までタップが考えていた事すべて無駄にするようなものばかりで馬鹿らしくなり気持ちも軽くもなるが、同時に腹立たしくなるのも否めずに最初と同じように声を荒げる。
「タップ殿!?やはり未だお怒りなのでござるか!?」
「たった今お怒りになったよ!お前のせいだ馬鹿野郎!」
それだけ言うとタップは、シャドーから逃げるように急激にスピードを上げて滑走していく。それでもいち早く反応したシャドーがすぐに追いかけて、すぐにタップと並走する形になった。それがまた腹が立ってタップがスピードをあげようとしても基地内の制限速度にギリギリ引っかかる。
「お許しくだされ!タップ殿!!」
「絶対許さねぇ!!」
基地内を制限速度ギリギリで移動しながらの会話に偶々通った部下たちも慌てて壁際に逃げて難を逃れていた。そんな事を繰り返していれば、自然と上へ報告が伝わるもので、報告を受けた者達ほとんどが呆れて聞き流す事態にまで発展する。
「タップ殿ぉおッ!お待ちくだされぇええッ!」
「ついてくんな!馬鹿忍者!!」
しばらく見なかった取り合わせが揃って姿を表した途端に、いつもの調子で通路を暴走という状態。偶然通りかかったニードルたちは、日常が戻ってきたと一安心しつつ呆れた顔をしていた。
「どちらにしろ、うるせぇのには変わんねぇなアイツら」
呆れたままつぶやくニードルの言葉に後ろに居たジェミニとスネークが頷く。
「これで一安心ですね」
「そうだな、アチコチから苛立つ気配を感じなくて済む」
最後のスネークの一言に「まったくだ(です)」と相槌を打った。
終
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七生様
二周年記念リクエストありがとうございました!
今回もリク募集にお付き合い頂き嬉しいです!
そして、ウチでの影独楽に一言頂けて更に嬉しさ溢れますね。
ウチの影は独楽一筋な感じで暴走するパターンかな。
書いていてその貫き具合が面白くなって大好きなカプになっています。
また機会がありましたらお気軽にお付き合い頂けると嬉しいです。
改めてありがとうございました!
2014.11.11