小さな違和感が少しずつ積み重なって大きな不快感になっていくのはよく聞く話。
それが突然の刺激で爆発して激しい怒りに変化する事もよく聞く話。
その突発的な現象だからこそ不意打ちの流れに飲み込まれ、自分でも思いもしないような事を言葉にしてしまう事もよく聞く話。
でもまさか実際に体験してしまうなんて・・
『消えろ!!』
その単語単体で言い放った訳じゃないけれど、会話の中でのその一言が一番強烈に記憶に残っていた。そして、その言葉を突きつけられた本人は驚いた顔をしたとしても次の瞬間には無表情で諦めたように影の中に溶け込んでしまった。
その溶けこむまでを見ていたタップは、悔しそうにしながらも泣くのを我慢するような表情をしていた。
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基地内の通路をタップが滑走していく。特別急がてる訳でもなく、同じような場所をグルグル何回も。少し足を伸ばして共有区域に行けば違うナンバーの顔ぶれと久しぶりに出会ったり、そんな感じで1つの場所に留まる事なく移動していた。
「・・暇だ〜」
慣れたように後ろを向いたまま滑走してカーブを綺麗に決め、偶に見つけるむき出しのパイプや手すりに見立てた物でトリックを決めてみる。出来る事はほとんどしていたけれど、出てくる言葉は変わらない。いつもなら同じ事をしていても、もう少し楽しく思っていた記憶があって、それが違和感になっていた。
「ハードも任務、マグ兄もスパークも。ドル兄は元から居ても遊ぶって感じじゃねぇし・・」
滑走しながらも目の前に開いた半透明のディスプレイには同ナンバーたちのスケジュールが並んでいる。主だった者達は未だに任務中だ。
「スネークは今行ったら殺されるな・・」
スケジュールと現在地で今が一番忙しいと予測できた。さすがに普段の愚痴を少し漏らす程度の忙しさならいざしらず、殺気が立つような忙しさの時に突撃出来るほどタップは命知らずじゃない。それでも時の場合によりあえて突撃する事もあるけれど、今はそんな気分でもなかった。
「ジェミ兄は定期メンテ、残りは・・」
そこで滑走している足が止まる。最後に見えた名前は『シャドー』今もフリーの状態だけれど、タップは名前を確認した途端に気が重くなったように表情を曇らせた。その一瞬で頭の中を過ぎるのは強く言い放った言葉。
「・・この程度で負けてたまるか!」
そんな独り言を言うと曇った表情を拭い振り切るように止まった足を加速させていった。けれど数分後には同じ事の繰り返しで、何をする訳でもない暇な時間が続く。そして、ついには諦めて談話室のソファの上で横になりボンヤリと天井を見上げていた。
「ハァ・・」
見上げてる天井は当たり前だけれど見ていたとしても変化があるはずもなく。それでもタップは、ボンヤリと眺めていた。そんな中でドアの開閉音がしたのに気づき、足音が近づく。ソファにダラダラと横になっている事を咎められる気がして起き上がろうとした時、上から覗きこんできた顔に驚いて硬直する。
「そんなに暇なら仕事でも手伝うかよ?」
ニヤニヤとしながら覗きこんできたのはスネークだった。タップは少しムッとした顔で「休みに誰がやるか」と断りながら起き上がろうとすると、スネークも満足そうな顔で覗きこむのを止め、タップが座るソファの正面に座ってE缶を開けて飲み始める。
「なんでこんな所でダラダラしてんだ?」
「俺の勝手じゃん」
座り直したタップは、少し不機嫌な表情で顔を背けながらスネークへ言い放つ。するとスネークは、一瞬だけ珍しいモノを見たかのように少し驚いた顔をしていた。それから少し訝しむように言葉を選び話し始める。
「普段なら騒がしくしてるじゃねぇか。歌うなり踊るなり仕事の邪魔しにくるなり?」
「最後は余計だっつーの!ほっとけよ!」
普段ならここまで不機嫌を曝け出す事もないのでスネークは、最初こそ物珍しそうにしていたけれど、本格的にタップが苛立ちを見せると更に訝しむ表情を強くした。けれどタップは、スネークから顔を背けて不機嫌なままなので気づく様子もない。
「そういえば、黙ってるの苦手とも言ってたよな?」
その言葉にタップは、ピクッと反応した。そして、やっとスネークを見る。でもタップの表情は先ほどに比べて不機嫌というよりは、バツが悪そうな状態。そんな様子に普段のタップの雰囲気を感じたらしいスネークは、少し安心したようにいつもの調子を取り戻しニヤリと笑う。タップもそれを理解し尚更バツが悪そうに口を尖らせた。
「・・面白くねぇんだよ」
「は?何がだ?」
ここでスネークはタップが何かイジれるような話題提供をしてくると予想していたらしく、意外な一言に驚いて素の反応を返す。するとタップは、ソファに沈むように寄りかかって天井を見上げた。
「いつも通り歌ったり踊ったりして色々歩きまわってみたけど楽しくなかった」
談話室に来る直前までの事を思い出しただけでも暇を持て余していた。そして、何一つ面白くもなければ集中も出来なかった事を思い出してタップは、天井を見上げたまま脱力するように溜息を漏らす。するとそれを見ていたスネークもさすがにニヤニヤと笑う事もなく、少し真面目な顔をして小首を傾げていた。
「今は独りだからだろ?」
「独りはいつもの事じゃん?なのに今回に限って楽しくない」
タップが溜息混じりに伝えると、スネークからの反応が途絶えた。不審に思って天井からスネークへと視線を落とすと、驚いた顔をして固まっているスネークが居た。
「なんだよ?何か変な事言った?」
「・・お前、いつも独りで居る意識があって、あんな喋って騒いでたのかよ?」
唖然としながらも煽るわけでも呆れるわけでもない淡々とした口調だったからこそ、驚いてる度合いがいつもより強いのがよくわかった。けれどタップからしてみれば、それすら態とらしく大袈裟にされているように見えたようで、すぐに不機嫌な顔で反応する。
「誰でも独り言ぐらい言うだろ!」
「アレほど言わねぇよ!」
どうやら聞いたことがあるらしいスネークは、タップの主張する言葉へ食い気味に反論する。するとタップも負けじと苦し紛れに言葉を返す。
「でもそんな多くねぇだろ!」
「うわ〜、アレが多くないとか信じらんね〜」
必死の言葉にサラリと煽るような態度で返すスネーク。タップは、更に言葉を返そうとしたけれど、すぐにスネークの反応を楽しんでいるような笑みに気づいて慌てて一旦口を閉じてから、少し気分を落ち着かせて再び口を開いた。
「もう俺で遊ぶな!仕事の合間の気晴らしにするなよ!」
「クソ忙しい時にダラダラしやがる奴が悪い」
少し冷静になって言葉を返せば、スネークにとっては面白く無い反応だったらしく、興醒めしたというようにE缶をまた飲み始めた。その予想通りの反応にタップは、呆れた顔をする。
「俺は休みなんだから俺の自由だろ」
「そりゃそうだけどな」
そこで少し会話が途切れた。
タップも一息つくようにソファに再び寄り掛かり、視界内にスネークを置きつつ部屋を見渡す。するとスネークの顔が一瞬曇って歪んだ。すると少し慌てたようにE缶を一気飲みして、すぐに立ち上がる。その突然の行動にタップは、驚いてスネークを見た。
「もう行くのか?飲みに来ただけかよ?」
「気が変わった。お前、シャドーと何かあったんだろ」
「え?なんでわかったんだ?」
タップが慌てて声をかけた時には、既にドアへと歩き出していた。タップの声に反応して足を止めたものの、振り返る様子は今までと全然違い戸惑う雰囲気がある。加えて言ってないはずの事も言い当てられ、タップはますます不思議そうに首を傾げていた。するとスネークは、複雑そうな顔をする。
「・・俺はシャドーと話してるんだと思ってた」
「は?」
タップに聞こえるかどうかわからない程度の声で言うと、スタスタと早足でドア前へと向かう。そして、プシュッという音でドアが開くと一呼吸置いてからスネークは、思い切ったようにタップを振り向いた。
「早めに解決しろよ!クソウゼェから!」
「え!?」
強い口調で言い放つとドアの向こう側へとスネークは、消えていった。立て続けに起こった珍しい会話にタップは驚きを隠せず、スネークが消えてからもドアをしばらく見つめていた。そして、しばらくしてからやっとソファで座り直す。
「解決って・・、仲直りしろって?まさかスネークに言われるとは・・」
普段なら揉め事を起こすのは性格の不一致からスネークが多い。そして、タップはどちらかと言えば仲裁役で立ちまわる事がほとんどだ。そんな中で言われたスネークの言葉に少しだけ笑みが溢れる。そして、ボスッと一旦ソファに倒れこんでからすぐに切り替えたように起き上がり立ち上がる。
「グダグダしてもダメだな!とりあえず謝るか!」
どちらかが悪いや不満があるか無いか細かい事なら色々あるにしろ、とにかく謝ると決めたタップの顔は最初よりもスッキリしていた。そして、思い立ったのだからすぐに実行に移すべく、通信回線を開こうとした手前で突然動きを止めた。
「俺、結構酷い事言ったよな・・」
そこで考えなおした結果、偶然を装い見つけ出す事で妥協し、談話室を後にする。その時まさか、見つけ出すのに苦労するなんて思ってるはずもなく、足取りはスムーズだった。
見慣れた通路を進み、主だった施設に顔を出して、各々の自室にもお邪魔し、果てには管理棟から別ナンバーの生活区域まで顔を出す。でも目当ての姿は見つからなかった。
繰り返すうちに少しずつ強くなる疑問。
「あれ?そういえばシャドーって・・」
様々な場所を巡っても気配すら掴めない。新鮮すぎる驚きに気づくなり自然と立ち止まる。
「いつも何処に居るんだ?」
ポツリと呟いた言葉に答える者は誰も居ない。ただ静まり返った通路に吸い込まれていった。
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