いつもの管理棟で独りグラビティーが仕事をこなしていた。
少し違うのは、同ナンバーズ専用の回線を使って各自の報告を受けていた事。任務中で居ないものたちも居たけれど、珍しい事でもないので話は淡々と続いていく。
『ついでに報告するが、ウェーブは海賊の対応に追われているらしい』
「貨物船でも襲われたの?」
ジャイロの話の中に出てきた今は回線内に居ないウェーブの話題。珍しくグラビティーは、淡々と聞き流すだけではなく言葉を返し、相手には見えないけれど手を止めて聞き入っていた。それを察したのか他のメンバーも次々と自分が知る情報を話し始める。
『ウチに限らず、手頃と思えば船籍問わずに強奪するらしい』
『新しい連中で流通経路も調査中だ』
ストーンが補足するように良い、それに慌てジャイロもまた情報を付け加えていく。そして、無言になって反応が返ってこないグラビティーを不審に思う事もなく次々と言葉を続けていく。
『少し前からあったらしいけど、最近ウチにも手を出したのが大問題って訳だね!』
『ウェーブが最近居ないのもそのせいですよ』
この専用回線にもウェーブの声はない。今丁度、自分の基地へと出向いてそこから出撃しているためだ。さすがに距離が離れているので単機での長距離通信は辛い。けどそれ以上にグラビティーは気に入らない事を見つけてしまったらしい。
「なんでウェーブ君、僕に直接報告してないの・・」
その不満が詰め込まれた言葉に聞いていた全員が今何を思っているか理解する。だからこそ言葉に困っていた。下手すれば悪化するのは目に見える。するとそんな空気など知らぬ顔でチャージは、笑い出していつものペースでハッキリと言い放つ。
『そりゃ忙しいんじゃねぇか?まぁ拗ねんなよグラビティー!アハハっ!』
お互い通信だけで顔は見えないけれどチャージとグラビティー以外の者達が呆れたり頭を抱えたりしてたのは言うのまでもない。怖いのはグラビティーの次の言葉だ。それによって今後のスケジュールが左右される。
「・・拗ねてないよ」
その言葉を聞いた全員がグラビティーが怒り出さなかった事に安心しつつ、コアの中で密かにグラビティーの言葉を「絶対拗ねてる」と否定していた。
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海上を進むのはDWN所属の船。
そのブリッジにはウェーブの姿があり、常に2,3体の部下たちがモニター監視や舵取りなどの細かな事を担当し、その中央でウェーブはディスプレイを眺めて今の状況を確認していた。そして、流れる情報を見ながら肩を落とす。
「うわぁぁ〜、またグラビティーに怒られる・・」
ここ最近、周辺海域での海賊の横行が後を絶たない。DWNが特別狙われている訳ではないが、狙ってくる事もあるので気が抜けず、しかも襲撃された時に貨物の一部を奪われる等の失態を犯していた。すべての貨物船に必ずウェーブが乗船出来るはずもないので仕方ない事だけれど、管理責任はあるので落ち込んでいた。
「ウェーブ様、ご指示を・・」
「引き続き警戒に当たれ。不審船を見つけ次第、撃滅しろ」
肩を落としていると近くに居た部下が控え気味に言葉をかける。するとそれまで落ち込んでグズグズしていた雰囲気が一変して鋭い目つきになり睨みつけるように部下を見て宣言する。その変わり映えに部下もビクリと驚くように反応してから、なんとか返事をして持ち場へと足早に戻っていった。それを確認するとまたウェーブは溜息混じりに肩を落とす。
「ハァ、許してくれグラビティ〜・・」
そしてまた落ち込み始めたウェーブ。同じブリッジに居る部下たちは、ちゃんとAIを積んでいるのでその様子の変化の意味を理解出来るらしく、無言ながらもウェーブの変わりように緊張しているようだった。
そこで今度は、ブリッジの外から入室の許可を求める表示があり、ウェーブはピクッと反応して許可を出すとやって来た部下を振り返る。
「どうした?ここは貴様の持ち場ではないぞ?」
「失礼します!今し方、基地内の者より個別通信にて連絡が入ったのですが・・」
「緊急通信です!!」
報告に来たロボットは、普段ブリッジに入る事のない者で、でもそれなりのAIがあるためウェーブは対応する。けれどその会話も遮るようにブリッジ内に居た通信担当の1体が慌てた様子で声を上げて会話は完全にそちらへと流れた。
「今度はなんだ!」
「例の海賊と思われる一団がウェーブ様の基地へ向かっているとの情報が入りました!」
その焦った言葉にブリッジがざわつく。ウェーブでさえ驚いて一瞬だけでも言葉を失っていた。けれどすぐに切り替えて指示を飛ばしていく。
「今すぐ引き返せ!!基地と回線を繋げ!妨害があるなら緊急プログラム作動させろ」
ブリッジの中央に立ち直るとディスプレイや近くのモニターを確認しながら飛ばした指示通りに全員が動いているか確認していく。そして後ろで動く気配に驚いてウェーブが振り返ると忘れかけていた事を思い出す。ブリッジに慣れない部下は、ぎこちない様子でウェーブを待っていた。
「あの、ウェーブ様・・」
「緊急以外の報告は後にしろ!貴様も通常タスクに戻れ!」
「は、はい!!」
緊急事態なのでウェーブも何時になく苛立ったような雰囲気があり、元々キツくなりやすい視線が更に強調される。そんなウェーブに睨まれては部下も逃げるようにブリッジを後にするしか無い。それでやっとブリッジには慣れた者達しか残っていない状態になり、ウェーブはいつもの調子で屈みこんで起用に両腕で目元を隠して落ち込みはじめた。
「ウワァア・・、基地まで襲撃されたとなったら益々怒られる!!」
先ほどまでのボスとしての威圧感も感情の苛立ちも見受けられないほどの落ち込みよう。しかもいつもよりヨボヨボし始めたのでブリッジ内も手を動かつつ雰囲気だけ心配そうにしていたが、次の呟きでその心配は吹き飛ぶ。
「・・潰す。全部潰す。絶対潰してやる。」
未だに屈みこんで両腕で目元を隠しつつ、落ち込んだままの姿でブツブツと呪いの言葉のように聞こえてきたそれにブリッジ内の温度は急降下したのは言うまでもない。
船は、航行していた方向から大きく逸れて反転し、来た航路をそのまま戻り始める。船の向きが安定したと同時に全速力に近いスピードで航行し始めた。
それに合わせるようにまたウェーブは静かに立ち上がり、進路の出ているディスプレイを確認していく。
「現在状況はどうなんだ?」
すっかり元に戻ったウェーブが冷静に部下たちへ問うと、その中の1体がビクッと反応して少し控えめで怯えた風にウェーブを振り返ってから報告し始めた。
「先ほど海上にて戦闘を開始したと報告を受けたのを最後に途絶しております」
「それを早く言え!基地は無事なのか!?」
「申し訳ありません!基地への通信妨害をされているようです!」
ウェーブの目つきがキツくなった事で報告していた部下は、少しばかり緊張に機体を硬直させた。けれどウェーブが仕事に戻るように手を払う動作をした事で慌てて会釈してから背を向けて通常の作業へと戻る。
「・・通信妨害関係は俺では無理だな。」
簡単な操作は出来たとてもそれは、DWNの中でほぼ標準化された程度。場合により全然理解できない事もある。そうなると浮かぶのは同ナンバーで一番の能力を保つグラビティー。けれどグラビティーを呼んでしまえば、今までの事がバレて自分の不甲斐なさを惜しみなく披露する事になる。普段なら諦め悪く他の手段を探したかもしれないが、今は緊急時なので早々に隠し通すなんて無理だと諦めた。
「グラビティーと通信は?」
「応答ありません」
「おかしいな・・」
スケジュールを見てもそれほど過密な仕事量でもなく、管理棟に篭っている時間帯だ。だから何も反応がないのは珍しい。ウェーブは、念のためと自分でも個別通信でグラビティーを呼び出してみたけれど、まったく応答がなかった。むしろ通信が繋がっていないような感覚さえある。それには首を傾げるしか無い。
「確認しましたが、本部への妨害等は無いようです」
「わかった。お前たちは敵船の後ろから回りこんで距離は保ちつつ少しでも撹乱させろ。俺は先に下から基地へ戻る」
「了解しました。海中にも敵が潜んでいると思われますので、くれぐれもお気をつけください」
最低限の指示だけ飛ばすと、ブリッジを後にして通路を歩いて行く。途中、保存庫に寄りE缶で補給してから、甲板へと出る。甲板には高速移動中のため他に姿はない。白波を立てて海を切り裂くように航行する船でもウェーブの水中移動の方が幾分か速いに違いない。
そろそろ飛び込もうとした時に通信が来てそれを受けた途端、スターの大きな声が響いた。
『ウェーブ!!』
「いきなりなんだ!」
思わず意味もないのにセンサーを両手で抑えてしまうほどの威力で、ウェーブは自然と飛び込むのを踏み留まり不満を込めて言葉を返す。
『どうして君の基地への転送ポータルが停止してるんだい!まさか緊急事態じゃないだろうね!報告はどうしたんだい!?』
通信の声は、いつにも増して頭に響いてきた聞こえてきていた。それだけ焦って喋っているという事なのだろうけど、ウェーブだって今は話している場合ではないから言葉を返していく。
「報告しようとグラビティーに通信しても繋がらず出来なかったんだ!」
『彼なら君の基地に居るだろう!』
「グラビティーが俺の基地に居るはずないだろ!」
お互いが少しの焦りと苛立ちに似た感情で言葉をぶつけあう。矛盾した事を言い合っても自分の方が正しいだろうと強い言葉ばかり並ぶ。それに本当にウェーブの基地にグラビティーが居るなら基地から報告が来るはずであり、緊急事態になってからは転送ポータルは安全のため停止するので、緊急事態になった今では報告漏れどころか報告自体があるはずもなかった。
『グラビティーは行ってるはずだよ!あんな仕事量一気にこなした理由もあるからね!』
「どういう事だ?そんな報告受けてないぞ?」
頑として引かないスターの勢いにウェーブも少しずつ可能性を考え始める。けれどありえないと行き着くことばかりが並ぶだけで話が進まない。するとそこで通信回線に特別な音が鳴り目の前に開かれたディスプレイの『stone』の文字に2機は納得する。
『割り込んでスマン。転送ポータルのログがお前の基地へのモノだからスターの言う事は間違っていないぞ?』
『それで迎えに行こうにも繋がらないし!一体どうなってるんだい!』
そこでウェーブは、言葉を失う。それからゆっくりとまだ遠くの水平線の上にある基地の朧げな影を見て唖然としていた。報告通り、海上からの攻撃と基地からの迎撃で煙がアチコチで上がっているようにも見えなくない。
『ウェーブ?聞いているのかい!?』
『・・ウェーブ?・・?』
そこで通信を切る。静かになって再び見つめる先は、戦場でしかない。
「・・今、襲撃されてる俺の基地にグラビティーが居るだと?」
沸々とこみ上げてくる何かに動かされるように、ウェーブは勢いよく海へ飛び込んだ。
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