休みの日だけでなく、平日の仕事帰りにもふらりと寄るようになったいつものカフェ。私はいつのまにか店員に名前を覚えられるほどの常連になっていた。しかし、それほどの頻度で通っても彼にはなかなか会えずにいた。

「はぁ、まただめか」
「名前さん、コーヒーはいつものでいいですか?」
「あ、はい。お願いします」
「今日も待ち人には会えずじまいですか?」
「はは、そうなの」

高杉さん、いつになったら会えるんでしょうか。
会いたいというより会わなければいけない、そんな感覚。何故か生まれるずっと前からあの人を知っているような……そんな感覚だった。

先ほど私に話しかけてきた店員の女の子が、入店してきた客に「いらっしゃいませ」声をかけているのが聞こえた。お席にご案内しますという声に対し連れがいるからいいと言った客の声は、思い焦がれたあの人の声だった。

「高杉さん!」
「本当にいるとは思わなかった」
「あの時のお礼ができればと思ってつい通いつめてしまって。その、連絡先も知らなかったですし…」
「あァ、お前さんそんなに俺に会いたかったのか」
「そんなんじゃ…ないはずだったんですけど、会いたいというより会わなきゃいけない気がしてて」
「ほォ…」
「変ですよね。今日で二度目なのに」
「二度目、ねェ…あながち間違ってはいねェか」
「それはどういう…?」
「追々話すさ」

とりあえず連絡先と言われ慌ててスマホを取り出した。新規登録された高杉晋助という名前に自分でも驚くほどに心が踊り、それと同時に戸惑いもした。この人を前にするとひどく心がざわつくのは何故だろうか……と。

その日は約束通りに私が会計を持つことであの日のお礼をさせてもらった。これで会う口実がなくなってしまったわけだが、次は何を理由に会えるだろうか。そんなことを考えていると、嬉しいことに彼の方から次のお誘いがあった。

「ーー月ーー日の夜って暇か?」
「土曜の夜ですよね。大丈夫です」
「映画観に行かねェか」
「え、い、行きます!」
「そりゃ助かる」

思わず即答してしまった。
口角を上げてニヤリと笑う高杉さんの勝ち気な顔に胸がどきりと音を立てた。惹かれている。いや、それは最初からなんだけれど…どうしようもなく知りたい、この人のことを。



約束の日。精一杯着飾って待ち合わせ場所に向かった。渡されたチケットはこの間私が読んでいた本の作家の別の作品が映像化されたものだった。

「覚えててくれたんですか?私がこの人の作品好きだって言ったの」
「会社の同僚に優待券を貰ったんだ。タイトルを見たときにふとあんたの顔が浮かんだ」
「嬉しいです。ありがとうございます」
「そんなに喜ぶとは思ってなかったが、良かった」

隣同士で着席し肘掛に右腕を乗せると高杉さんの左腕とぶつかった。軽く謝って腕を戻そうとするも、私の手のひらはスルリと彼の手のひらに包まれそれも叶わなかった。時折何かを確かめるように私の手を握り直す高杉さんにドキドキしっぱなしで、映画なんて頭に入ってこなかったのは仕方ないことだろう。

映画が終わっても繋がれた手は離されることなく、私たちは並んで近くの公園を目指した。人気まばらなその公園で小さなベンチに腰掛けると、映画館より距離が近く心拍数が上がる。

「なァ、前世って信じるか」
「前世…ですか」
「あァ」
「あると思いますよ」

きっとある、胸の痣の意味も。

「回りくどいのは嫌いだから単刀直入に言うが、」
「はい」
「俺には前世の記憶がある」
「え?すごい…ですね」
「前世で、来世は一緒になると誓った女がいた」
「そうなんですか?ロマンチックですね」
「それがあんただと言ったら驚くか」
「……は?」

なんの冗談かと思い彼の顔を見たが、彼は真剣そのものでとても冗談だとは思えなかった。

「二十数年全国を飛び回って色々探した。だが結局、あんたは俺たちがかつて共にいた頃の町にいた」
「そ、そんなことって、」
「嘘だと思うか」
「いえ、嘘だとは思わないです…けどにわかには信じがたいというか、なんというか…」
「これを見てくれ」

高杉さんはそう言って身につけていた服の襟をずらし、胸元にある痣を見せた。

「生まれつきずっとここにある痣だ。前世で…俺が初めて名前を抱いたときにつけてもらったもんと同じなんだ」

これじゃ一方的すぎるか、と自嘲めいた笑みを浮かべた高杉さん。ちょっと待って、これって…!!

「私も…!」
「は?」
「私にもあるんです」
「嘘だろ…」
「いえ、ほら」

誤解されることが多く困ることもあった。
でも今こうやって彼と出会うために、この人がその昔前世で私に施した男避けなのだとしたらそれはなんだかとてもロマンチックで嬉しいものだった。

「お前にも…残ってたのか」
「きっと意味があるものなんだと思ってました」
「あァ…そうだな」

そう言って私の痣を眺める高杉さんは、ひどく儚い顔で笑っていた。

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