頼みを聞いちゃくれねえかと真面目な顔で言われ、きっと悪いことではないのだろうと了承したのが昨日の話だ。
彼の頼みとは“一緒に実家に帰ること”だった。何故なのかは教えてくれなかったがド派手に装飾が施された彼の実家、つまるところ王宮に着いてしまえば察するしかなかった。明日隣国の王族を招いた宮中パーティーが開催されるらしく、私はレオナさんのパートナー(役)としてパーティーに参加することになった。
「なぜ私だったか聞いてもいいですか?」
「学園に女はお前しかいないだろ」
「私を誘った理由は?」
「……女よけ」
「ですよねえ〜」
第二王子といえど彼もこの国の王族の一員であることにはかわりない。夕焼けの草原の王族とのパイプを持つために政略結婚を狙う上流階級の家が山ほどあるのは察するに余りある。きっと昔からそうなのだろう。レオナさんのうんざりした表情を見る限り、王族の暮らしとは無縁の庶民の暮らししか知らない私にはわからない苦労がたくさんあるのだろうなと思う。
「でも私だと舐められません?あんな女くらいすぐにどうにでもなると思われそう」
「そうか?」
「顔もスタイルも平々凡々だし色気があるわけでもないし。ドレスなんか着慣れてないしボロが出そう」
「着いてきてくれた礼に俺が見立てたドレスをプレゼントしてやる。きっと似合うから心配するな。あとお前は俺のそばから離れずに、話しかけられても微笑んでいればいい。話は俺が適当に合わせる」
「そこまでしていただかないとボロが出ますよね…そうですよね……」
まるで信用されていないなと思うと虚しくなったが当然といえば当然だろう。生まれた時から王宮でマナーを叩き込まれている彼とは違って私は異世界の庶民だ。
「今日は衣装合わせだけだ。あとはゆっくり休め。ゲストルームを用意させてあるからな」
「レオナさんは別のところですか?」
「……同室が良いのか」
「いえ、でも心細くて」
「そりゃそうか……」
そう言った彼は数分思案したのちに「やっぱり俺の部屋にこい」と言った。他意はないのだろうが少しドギマギしてしまう。
彼の部屋に着くと王宮に仕える従者が数種類の衣装を持ってきてくれた。レオナさんが予め形と色は絞ってくれていたらしい。私にあてがわれる衣装を見ながら違う、違う、違うと首を振り、最後に出てきた薄いスモーキーピンク色のフロアレングスのオフショルダードレスにようやく納得したらしく着てみてくれと言われた。ドレスに合わせるスパンコールがあしらわれたケープが煌びやかで美しい。これもつけろ渡されたアクセサリーはところどころに彼の瞳と同じ色の宝石がついている。
「……いかがでしょう」
手早く着付けてもらったドレスを纏い彼の前に立つ。
上から下まで舐めるような視線に緊張してしまう。彼の視線が二往復したところで口元に笑みが見られた。どうやらお眼鏡にかなったらしい。
「あ、待って。馬子にも衣装なんて言わないでくださいよ」
「言わねえよ。見立て通りだ。似合ってる」
「そんな素直に言われると照れるんですが……」
「どっちがいいんだよ」
レオナさんが選んでくれたドレスとアクセサリーを置いて従者が部屋から引き上げていく。彼女たちが部屋から出たのを確認すると、レオナさんは深いため息をついてひとり部屋には大きすぎるソファにゴロンと横になった。明日着る予定のドレスを飾ったトルソーの前でニコニコ笑いながら立ち尽くす私の様子がおかしかったらしく、彼は楽しそうに声を上げた。
「気に入ったか?」
「はい。こんな綺麗なドレス着たことないので。私のいる世界では、私のような一般人は結婚式くらいでしかドレスを着る機会なんてないんです」
「気に入ったならいい」
「レオナさんが選んでくれたので余計に」
「……そうか」
彼はそう言うと体を起こして私の名前を呼び、空いた部分をポンポンとたたいた。座れということだろう。
レオナさんの要求に応えるべく腰掛けると、太ももに彼の頭が乗った。どうやら私は枕代わりらしい。
「レオナさんは実家だとあまり落ち着かないですか?」
「まあな。兄貴も甥のチェカもうるせえし、王宮に出入りする奴らの中には俺の地位を利用したい奴がわんさかいる」
「疑心暗鬼になっちゃいますね」
「どうせ俺は利用されるしかねえ運命の第二王子だってことだよ」
「そんなことないです」
「何故そう言える?」
「私はレオナさんの地位なんかに興味はないし、レオナさん自身のことが人として好きだからです。傍若無人なところはあるけどなんだかんだ面倒見良くて優しいし。私にとっては唯一無二の人です」
「傍若無人は余計だな」
「あ、ごめんなさい」
私がそこまで言うとレオナさんは「寝る」と言って目を閉じた。私が彼の耳を撫でながらおやすみなさいと小さく呟くと、返事をするかのように尻尾がパタリと一度だけ揺れた。
*
翌朝、私はレオナさんの匂いが染み付いた大きなベッドで目覚めた。知らない場所でひとりきりゲストルームに泊まるのは寂しくてわがままを言って彼の部屋に泊まらせてもらった。意外と紳士的なところがあるレオナさんは私にベッドを譲ってソファで寝ると言ってくれた。私の方が体が小さいし、そもそもこの部屋にあるソファは大きいので一晩眠るくらい問題ないと食い下がったのだが、レディファーストだと言われてしまえば従うほかなかった。
彼が起きる前にひと通り身支度を整え声をかける。おはようございますと声を掛けただけで起きるとは思えないので同時に体を揺すると不機嫌そうに目が開き「ああ、おはよ」と返ってきた。
従者が部屋に運んでくれた軽食をつまみながらパーティーに備える。夕暮れ前には始まるらしいのであまり食べすぎるなよと釘をされた。ひとしきり軽い食事を楽しんだあとレオナさんと別れてドレスを着付けてもらい、アクセサリーも全て身につけた。案内されるがままレオナさんの元へ向かうと彼もフォーマルな衣装に着替えていて、普段目にすることのない“王族”らしい姿にドキリと心臓が跳ねる。
「なんだ?見惚れてるのか」
「そうかもしれません…」
「ははっ、随分素直じゃねえか」
「素敵です。とても」
「お前も似合ってる」
まるで恋人のように甘い空気が流れる。でもきっと、これは私が本来の目的である女よけの務めを果たすための“フリ”なのだろう。
第二王子であるレオナさんの元へ挨拶に来る大勢の人に対し、パートナーらしく寄り添いながら挨拶を返すのは大変だった。慣れないヒールで足も疲れたが座り込む暇もない。小腹が空いてもつまむことはできないし、ボロを出さないように気持ちも張り詰めておかなければいけなかった。プリンセスが出てくるおとぎ話のようなキラキラとしていて楽しそうなパーティーを思い浮かべていた私は早々に疲弊していた。
挨拶の時間が終わりダンスの時間が始まると、レオナさんはそんな私を見かねたのか腰に手を回し「外の空気でも吸いに行くか」とバルコニーに案内してくれた。
「ふぅっ」と大袈裟にため息をついてベンチに腰かけるとレオナさんは苦笑いをした。
「今ここに人が来たら一発でアウトだな」
「え、」
「王族の気品とやらに欠けてるのがバレる」
「あははは、すみません」
「まあ今は俺しかいねえ。少しゆっくりしてろ」
彼はそう言うと予め用意してあった飲み物を渡してくれた。私の分はジュースだが彼が持っているのはお酒のようだ。
「いただきます」
「……付き合わせて悪かった」
「私なんかでもお役に立てましたか?」
「ああ。」
「変な噂が立ったりしませんかね。第二王子のパートナーなのに平凡すぎるとか言われて…」
「お前は自分に自信がないのか」
「そりゃあ王宮なんてものとは無縁の暮らしをしていましたし、今日挨拶に来た人なんてみんな綺麗で……」
実際問題、彼の元へ挨拶に来る人はみんな美しかった。着ているものだけではなく、所作からも気品が感じられた。将来レオナさんの隣に立つのはこういう自信に満ち溢れた美しい人なんだろう。自信たっぷりで俺様だけど本当は優しくて素敵なレオナさんの隣だもの、こういう人がきっと……。
「本当はそのドレスも前々から用意させていた」
「え?」
「このパーティーにお前を呼んだのは、女よけの為じゃない」
「どういうこと、ですか?」
「既成事実を作りたかった。ほかの女なんかいらねえんだよ、俺は」
「それはつまり私がいいってことですか?」
「そうだ。大勢の目があるところでお前を連れて歩くことで既にパートナーがいることを周知させたかった。強引すぎたか」
「嬉しすぎて頭がついていかないです」
「そのアクセサリーもお前に似合うと思って作らせた」
「この宝石はレオナさんの瞳の色ですよね」
「……気づいてたのか」
「素敵だなと思ってました」
「重いか、俺は」
「いいえ。誰かに勝る自信はないんですけど、これを身につけている限りレオナさんの女だって誇れるかなって」
「俺の女になるのか」
「ダメですか」
「簡単に決めることじゃないだろう」
「私がずっと前からレオナさんのこと好きなの知ってますよね」
「…はは、まあな」
ぶっきらぼうだけどピンチのときにはいつも助けてくれる。厳しいようで優しい彼に惹かれたのはもう随分と前のことのようだ。
「そろそろ最後の曲だな。踊るか?」
「初心者なんでリードしてください」
「まかせろ」
腕を組んでダンスホールに戻った私たちは周りからの視線を独占していた。方々から穏やかではない視線や言葉が飛んでくるが、エメラルドグリーンに輝く瞳が気にするなと言っている。
「本当の王子様みたい」
「知らなかったか?王子だ。第二だけどな」
「私にとっては一番です」
おぼつかないステップだがさりげなくフォローしてくれる彼に身を任せて甘い空気を楽しんだ。曲が終わると腰をぐっと引き寄せられ強引なキスが降ってくる。周りからはどよめきや小さな悲鳴が聞こえるが、レオナさんはお構いなしといった様子で見せつけるようにキスを続けた。
「もう後戻りできねえな」
「私はするつもりありませんでしたけど」
「それくらい強気な女の方が好みだ」
不適に笑うレオナさんの胸に飛び込んだ。
それを見ていた第一王子が拍手をすると周りもそれに倣い拍手を始めた。
「多分明日の新聞に載るぞ」
「メイク崩れてないですかね」
「さあな。それとこれが終わったら兄貴からの質問責めにあう」
「それって大変ですか?」
「ああ。だから兄貴が来る前に学園に戻る」
「マジカルペンは?」
「持ってる。合図であの扉まで走るぞ。三、二、一……走れ!」
手を引かれてダンスホールを後にする。第二王子の突然の行動にまわりは騒然としているが、レオナさんは楽しそうに笑っている。駆け落ちみたいでドキドキしてしまうなと思いながら一生懸命彼についていくがヒールにドレス、中々思うように走れない。転びそうだと思っていると急な浮遊感が襲った。なるほど、お姫様抱っこで逃げるなんてますます駆け落ちみたいだ。
「レ、レオナ!待ちなさい!」
「誰が待つか。クソ兄貴」
「その女性のことを詳しく聞かせてくれ!」
「……だ、そうだ。異世界からのプリンセスだとでも伝えるか?」
「恥ずかしいです」
「嫌われ者の第二王子と異世界からのプリンセス、なかなかインパクトのある見出しになるな。あの兄貴より目立つのは気分が良い」
「おとぎ話みたいですね」
「そうだな。お前のおかげだ」
必死に追いかけてくるお兄さん達に向かって誇らしげな笑みを浮かべたレオナさんは、追手を嘲笑うかのように学園に通じる鏡に飛び込んだ。
*
「ちょ!レオナさん!新聞の一面あんたなんスけど!」
「は?」
「夕焼けの草原の第二王子が異世界からやってきたプリンセスと結婚とか書かれてますけど!ホリデーの間に何があったんスか!?」
「なにって、見出しのままだろ」
「嘘マジ?レオナさんって名前のこと好きだったんスか?」
「どうでも良いだろ。最初から俺のもんだっつーの」
「まあ元々えげつない独占欲丸出しでしたもんね」
「そうか?」
ラギーくんの手によって新聞は学園中にばら撒かれ、私は三日三晩に渡り揶揄われ続けるのだった。
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