米花町ラプソディ

時計の針はとっくの昔に天辺を通り過ぎて、現在の時刻は午前二時過ぎだ。何故こんな時間まで働かなければならない、ブラック企業なんて滅びてしまえばいいのにと思いながら帰路につく。来世こそはのんびり自由気ままに生きたいなと、いつくるかもわからない未来に思いを馳せながら歩いていたのがまずかった。歩道橋の階段から足を踏み外し、私は真っ逆さまに転がり落ちた。……はずだった。

「あれ、痛くない」

何が起こったのだろうか、体のどこを触っても血が出るどころか軽い捻挫すらしていない。結構な高さから落ちたよなと思い歩道橋を振り返ったが……先ほどまでそこにあったはずの歩道橋がない。記憶が混乱しているのかと思い、スマホの画面を確認するが、日付はあっているし時間も最終確認をした時からそんなに進んでいない。とりあえず家に帰ろうと思うも、いつもとはまるで違う風景だ。現在地がわからないため、タクシーを捕まえて自宅の住所を言っても、そんな住所は存在しないと言われてしまった。仕方なく目についた二十四時間営業のファミリーレストランで時間を潰し、日が昇ってから改めて外に出た。スマホは何故かずっと圏外のままだ。

「米花町、どこかで聞いたことがあるな…」

電柱に書いてある住所はあまり耳馴染みがなく、私が住んでいた場所の近所ではないようだ。しかしどこかで聞いたことがあるし、妙な胸騒ぎがする。ぼーっとその住所を眺めていると、小学生に声をかけられた。

「お姉さん、何か困りごと?」
「え?ああ……あっ!?」

この小学生、いや本当は小学生ではない、あれ、なんでこの子…え?私、どうして、夢を見ているの?

「どうしたの?僕の顔に何かついてる?」
「いや、あの!君、コナンくんだよね?」
「どうして僕の名前……」

夢ならどうか覚めないで、これが社畜から解放された第二の人生だというのなら、目一杯楽しませてほしい。そういうわけで、私は常識を全て無視して、今自分の身に起こっていることをありのまま話すことにした。

「そんなことあり得るの」
「普通だったらあり得ないと思う」
「だよね」
「でも私は初対面のあなたの正体も、その周りの人たちのこともちゃんと知ってるでしょ」
「まあ」
「沖矢さんはもういるの?」
「どうして?」
「時間軸の問題。赤井さんとして存在してるのか沖矢さんとして存在してるのかで違うと思うから」
「どうしてそんなことまで知ってるの」
「だから、テレビで見たんだって」
「信用できるわけねえけど…とりあえずあんたの身元を調べねえとどうにもなんねえか」
「FBIでも公安警察でもどんとこいだよ!」
「はあ…とんだ厄介ごとに巻き込まれたぜ…」
「いつも厄介ごとを起こしてるのは君だけどね」
「は?喧嘩売ってるの?」
「ごめんなさい」

私の話を半信半疑で聞いた彼は、このまま立ち話をしていても埒があかないと思ったのか、私を沖矢さんのところまで連れて行ってくれるらしい。工藤邸に着くと、テレビと同じように首元を隠した糸目のお兄さんが出てきた。素敵だ。

「こんな朝早くから珍しいですね」
「大事な話があるんだ。入れてくれる?」
「良いですよ」

と、こんな具合で工藤邸に招き入れられ、私は先ほどコナンくんに話した内容をそっくりそのまま話した。異世界から来ましたなんて、簡単に信じてもらえるわけがないのだけれど。

「ご冗談を」
「沖矢昴さん、本当の名前は赤井秀一さん」
「はい?」
「ここに変声機を入れているんでしょ?黒ずくめの組織でのコードネームはライで、ポアロの安室さんに目の敵にされてて、FBIで、ジョディ先生の元彼で、灰原哀ちゃんのお姉ちゃんとも付き合ってたことがあって、妹は真純ちゃんで、それで」
「もういい、わかった」
「信じてもらえました?」
「情報源はどこだ」
「だからテレビです。あなたたちの普段の生活は、私がいた世界では物語のひとつとして語られているもので、私は客観的にそれを見ていましたので色々知っています」
「ほぉ」
「これ、私がいた世界で使ってた身分証明書です。運転免許証と健康保険証と社員証、病院の診察券とかポイントカードもあるけど…どれもここでは使えないかと思います。何かの参考になれば」
「とりあえず君の戸籍を調べよう」
「存在してないと思いますけどね…」
「君の話が本当ならそうだろうな」
「赤井さん、信じるの?」
「こんな突飛な話、早々に信じられるものではないが…調べれば何かしらわかるだろう。それにこの話が本当なら、我々にとって有益な情報も持っているだろうからな」
「組織の、ね……」

それから約一日、私の個人情報を調べ終わるまで、工藤邸に軟禁されることになった。結局のところ戸籍もなにもかも存在しておらず、私は文字通り、この世界に突然降り立った異分子であることが証明されたのだ。

「異世界からの来訪者ということがわかったのはいいが、君はこれからどうするつもりなんだ」
「それがわからないから頭が良さそうな赤井さんを訪ねたんです。安室さんでもよかったんだけど」
「それは聞き捨てならんな」
「なんとかならないもんですかね」
「偽の戸籍情報を作り出すしかないんじゃないか」
「そんなことできるんです?」
「俺を誰だと思っている」
「FBI」
「正解だ」

いや、FBIでもそんなこと簡単にできないでしょう。と言いたいところだが、漫画の世界だ。ご都合主義的な展開なんて、当たり前だと思って受け入れておこう。

そんなこんなで始まった米花町での第二の人生。謳歌しなければもったいない。


※補足
・異世界トリップ
・赤井秀一、安室透メイン
・大人の関係あり
・基本一話完結型


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