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下剋上

その日私は以前頼んでおいた薬を受け取るために桃源郷へと足を運んでいた。庭先で仕事をしている桃太郎さんに声をかけると白澤様は中にいますよと言われたので、白澤様の自宅兼仕事場の戸を叩くとなんとも陽気な笑顔に迎えられた。

「やぁ名前ちゃん。調子どう?」
「良かったらあんな薬頼んでませんよ」
「まだ辞められないの?」
「なんだかんだと引き延ばされて…」
「大変だね、君も」

はい、これ頼まれてた抑肝散だよ。とまた陽気な笑顔を見せてくれた白澤様にお礼を言い、代金を支払って私は地獄へと踵を返した。

牛頭さんと馬頭さんがいる門を見てため息。またあそこへ戻るのか…。

ひとり暮らしの身のため、生活していく為には自分で働くしかないのが現状だ。誰か生活力のある人に養ってもらいたい。だがしかし、もちろんそんな都合のいい相手などいるわけもなく、働かざるを得ない状況だ。安定した生活と精神的な苦痛を天秤にかけたとき、今までの私だったら安定を取ることができていたのだが、いよいよ我慢ができなくなり精神的に不安定な日々が続いていた。桃源郷の白澤様に相談したところ良いお薬があるよと渡してもらったのが先程の抑肝散だ。気持ちを落ち着ける効果があり、寝る前に飲めば寝つきも良くなる優れものだった。

牛頭さんと馬頭さんに挨拶をして地獄へ。まさに天国から地獄、そんな気分だった。地面を見つめながら歩いていると、ドンと誰かに勢いよくぶつかってしまい、恐る恐る顔を上げるとまさしく鬼がいた。

「ひぃっ!!」
「失礼ですね。ぶつかってきたのはそちらでしょう」

バリトンボイスを響かせ、呆れたように私を見るその御方は閻魔大王様の補佐である鬼灯様だ。

「おや、あの白豚のところへ行かれていたのですか?」
「あ、はい。少し調子が悪いのでお薬を貰いにいってきました」
「最近見るたびに痩せていきますね、あなた。どうです?今夜食事にでも」
「いいんですか、私なんかと」
「愚痴も溜まっているようですし。たまにはお付き合いしますよ」

顔は鬼だがなんとも優しい。私の職場にこんな上司がいたなら、私もこんなに思い悩むこともなかったのに。

「セクハラパワハラモラハラ…!何でもハラスメントにするんじゃないって言われるかもしれないけど!私だってもう限界なんです!!うわーん!!」
「はいはい。愚痴るのは構いませんがもうちょっと声のボリュームを落としなさい。はしたないですよ」

その夜、鬼灯様は本当に私を食事に連れて行ってくれた。誰かと一緒に食べる食事はこんなに美味しいものなのかと感動し、ついでにお酒もどんどん進んでしまい、最終的には泥酔状態だ。

「鬼灯様みたいな素敵な人が上司なら良かったのに!」
「私はあなたがあそこで働くと言った時止めたはずです。ですが、あなたが私の忠告を無視して働き始めたんでしょう」
「憧れのブランドだったんです…!まさか上司があんなクソ野郎だとは思ってなかったんです!私耐えた方だと思いませんか…」
「原因を作ったのは自分でしょう。嘆くばかりでなく、解決するにはどうしたらいいか考えているんですか」
「私だって…!生活力のある旦那がいれば今すぐあのクソ上司ぶん殴ってあんな職場辞めてやりますよ!でもあとが怖くてそんなこと…」
「よし、わかりました。では今からその上司殴りに行きましょう」
「え!?なんで!?」
「生活力のある旦那がいれば、あなたは上司をぶん殴って仕事を辞めるんでしょう?それならうってつけの男がここにいると思いますが」

「鬼灯様が…私と?」
「ええ。妙案ではないでしょうか」
「ええ…最高です」
「では、今からカチコミといきましょう」
「カチコミに行ったあとは?」
「そうですねェ…ひとまず私の部屋で飲みなおして今後について話し合いましょう」
「あ、はい」
「仕事さえ辞めてしまえばあの白豚のところへ通う必要も無くなるでしょう」
「そう、ですね」
「これでも嫉妬してます」
「わかりづらいです」
「よく言われます」

鬼灯様は私の手を握って店を出た。右の肩に担がれたその大きな金棒であのクソ上司を殴るのだろうか。もしそうだとしたらきっと現場は血の海になるだろう。でも今まで受けた数々の嫌がらせを思えばそれくらいやられても当然だ。最終的には私も顔面に一発くらいお見舞いしてやろうと思う。もし社会的に死ぬことになってもだ。私には地獄イチ強い味方が出来たのだ。もう何ひとつ怖いものなんてない。

「名前さん」
「はい」
「私ね、割と絶倫らしいです」
「は、」
「覚悟なさい」

…怖いもの、あった。


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