家出少年とわたし

「ただいま〜。お母さん誰か来てるの?」
「堅治くん。また家出してきたんだって」
「だから隣の家に来るのは家出じゃないってのあのバカ」
「誰がバカだよ誰が!あ、おばちゃん風呂ありがとー」
「何で私より先にお風呂入るの!」
「おばちゃんが良いって言ったんだから良いだろ」
「良くない!」
「あんた達相変わらず仲良いわね」
「だから良くないって!お母さんのバカ!」

隣の家に住んでいる幼馴染の二口堅治とは、彼が伊達工に入って私が女子校に通い始めたことをキッカケにそれとなく疎遠になる筈だった。隣に並ぶことすら恥ずかしくなるように段々カッコよくなっていく堅治には、私が踏み込むことを許されないバレーという大切な世界があって、私が勝手に心の距離を感じたから自ら離れようとした。でもその試みも虚しく、堅治はこうやっておばちゃんと喧嘩をする度にうちにやってくるのだ。お母さんは堅治を気に入っているから家族同然に扱うし、年頃の男女が同じ部屋にいることにも危機感を感じていない様子だった。私が離れようとする度に堅治が近づいてくるから、私たちは一定の距離を保ったままだ。

「名前の部屋に布団敷いてるからね」
「おばちゃんありがと」
「だから何で私の部屋なの!」
「今客間はお父さんの荷物で汚いのよ。なんか問題でもあるの?」
「別に問題はないけど!これでも高校生の男女なんだよ!」
「えー、誰もお前なんか襲わないっつーの」
「うっさい!堅治は黙ってて!」

私の部屋に堅治の分の布団を用意するという暴挙に出たお母さんにあーだこーだと反論してみても、お母さんと一緒に寝る訳にはいかないでしょうと言われて押し黙ることしか出来なかった。

風呂上がりにお気に入りのパジャマを着て自分の部屋に入ると、堅治は我が物顔で私のベッドに座っていた。

「なにしてんの。あんたはこっち」
「え、やだ。俺ベッドがいい」
「やだじゃない!」
「俺明日大事な試合も控えてんだから労われよなあ」
「だったら自分の部屋で寝て最高のコンディションで向かいなよ」
「ったくお前わかってねーな」
「はあ?」
「大事な試合の前にわざわざここに来てんのに」
「意味わかんない」
「なあ、お前一回くらい応援に来てくれても良いんじゃねーの」
「え…行っていいの?」
「俺ダメって言ったことある?」
「ないけど…何と無く踏み込んじゃいけない領域なんだと思ってた。堅治がいつになく真剣だし」
「俺はいつでも真剣ですう。お前に応援されたら頑張れるんだけど」
「なんで」
「そりゃお前好きな子に応援されたらテンションあがるでしょ」
「え、堅治って私のこと好きなの?」
「うん。知らなかった?」
「初耳。」
「で?お前は?」
「嫌いじゃない」
「ったく素直になれよなあ〜」

堅治は爆弾発言をした直後に私の腕を引き、いつの間にか随分と逞しくなった体におさめた。唇に何かが当たった感覚にハッとすると、したり顔の堅治が目の前にいた。

「な!!初めてなのに!!!」
「お、マジ?ラッキー」
「死ね!バカ堅治!!」
「お前彼氏に死ねはねーだろ!」
「誰が彼氏だ!」
「俺お前のこと好きだし問題ねーじゃん」
「うるさいだまれ!!そんな流れでカレカノになれるか!」
「へいへいちゃんと言えば良いんだろ?名前、好き。俺と付き合って」
「……考えとく」
「なんでだよ!!」
「なんででも!」

カレカノになるならないの応酬は下の階からお母さんの「あんた達うるさいわよ!!」と怒声が飛ぶまで続いた。腹が立つからあと一週間は答えを引き延ばしてやろうと思う。


[家出少年と幼馴染の関係]


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