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誕生日(2017)

朝起きると、いつも仕事で使っている文机の上に「土方さん専用 今日だけなんでもします券」と手書きの紙切れが一枚置かれていた。見慣れた名前の字。別にこんなものよこさなくても、普段目一杯こき使わせてもらってるのに今更なんなんだと首をひねる。名前の意図はわからず、なにかヒントがないかと紙切れを裏返すと誕生日当日に限り有効と書かれていた。

あァ…今日俺の誕生日か。

歳をとることが楽しかったのは成人を迎えるまでだ。法律にのっとって酒を飲んでもタバコを吸っても許される年齢。それを越えてしまえばあとは老いを感じるしかないのだから困ったものだ。普通に生きてりゃ老い先何十年もあるのに、成人を迎えたのち僅か七年でこんな思いさせるなんて、ひとの人生をなんだと思ってやがるんだ。まァ、毎日切った張ったを繰り返している俺が寿命を全うできるとはハナから思っていないのだが。

身支度を済ませたのち、名前から貰った“お誕生日券”を懐に忍ばせ、隊士たちが稽古をしているであろう道場へ向かう。そこには男にまじって竹刀を振るう名前もいた。

「おい、名前」
「あ!土方さんおはよう!」
「ちょい抜けるぞ」
「え、まだ稽古の途中なんだけど」
「今日何でも言うこと聞くんだろ?」
「そうだった、お誕生日おめでとう」

汗ではりついた前髪をそっと避けてやると、くすぐったいと言って笑うこいつの顔は、汗と太陽の光でキラキラと輝いていてやけに眩しい。

「汗かいてるからシャワーだけいい?」
「あァ。五分で済ませろよ」
「それは無理かも」
「隊服じゃなくていいぞ」
「はーい」

着替えとタオルを抱えてパタパタと風呂場へとかけて行く後ろ姿は年相応の"女の子"だ。名前と総悟は同い年だが仕事のスキルは段違い。名前は年齢の割にとても気が利いて頭が切れるから仕事のスキルは高く、思いやりもあって上司の俺にとってはこの上なくありがたいやつだ。同じように教育してきたはずなのに、どうして名前と総悟の仕事ぶりにここまでの差がついたのか。俺は未だに総悟の扱いが下手だ。あいつが名前くらい素直に仕事に向き合ってくれれば、名前に煙たがられるタバコの量をもう少し減らすことができるだろうに。

「土方さんおまたせ!」
「髪の毛ビチャビチャじゃねェか」
「五分で済ませろよっていうからだよ」
「ドライヤーしてやっから」

柔らかい髪に触れる。つい先日まで長かった髪は、浪士と斬り合いになった時に少し切れてしまい、それに合わせる形で短くなった。物足りなさを感じながら温風を当てていると、名前は時折嬉しそうに振り返る。

「…んだよ」
「土方さんに髪触られるの好きだなぁって」

我ながら単純だと思うが、上目遣いで可愛らしくこう言われてしまえばまたしてやりたくなるのだ。うまいこと乗せられている自覚はある。

「終わった」
「ん、ありがとう。っていうか土方さんの誕生日なのにこんなことしてもらってごめんなさい」
「そうだった、本題はそれだよ」
「私土方さんに何したらいいの?」
「今日一日俺に付き合え」
「それいつもと変わんないよね」

そうだ。いつもと変わらない。
名前に構って構って構い倒して、市中に一緒に出て他愛ない話をしながら見回りをして、途中で名前の好きな甘味屋に寄ったりなんかして。

「土方さん誕生日なのにこんなのでいいの?」
「屯所にいると気遣わせちまうからな」
「なんだ、わかってたんだ」
「近藤さんあたりが張り切ってんだろ?隊士の誕生日ごとに宴会開いてたら身が持たねェよ」
「トップ三人以外は一ヶ月ごとにまとめてですよ」
「それでも年に十五回もお誕生日会じゃねェか」
「多いね、幼稚園並み」

俺に気付かれてないと思って一生懸命宴会の準備をしてくれるのはありがたいが、実際には俺は気付かないふりをしているだけだ。サプライズされる側が実はそれ知ってましたなんて言えるわけがない。だから毎年この日はできるだけ屯所から離れるようにしている。

「しかし…夜まで時間潰すのは流石にきついな」
「せっかくだからゆっくりしましょうよ」
「映画でも観るか」
「そうだなぁ、観たいのあったっけ」
「特にねェならホテル行くか」
「なんで映画とホテルの二択なの」
「俺誕生日だし」
「映画観て、お茶して、それからね」
「はいはい」

映画を観ていつもより豪勢な昼飯を食ってからホテルに入り、体力を使い果たして眠りこけていた俺たちは、近藤さんからの鬼電によって目を覚ますことになる。

「トシィィィィィ!!!今どこなの!?もうお前の誕生日会の準備終わってみんな待ってるんだけど!!」
「あ、悪ィ、寝てたわ」
「ん…土方さん…だれ?」
「名前も一緒だから風呂入ったら戻るわ」
「名前?風呂?お前ら何してんの?」
「じゃ、あとでな」
「おいっ!トシィ!?」

我ながら付けすぎだろ、と目を覆いたくなるほどのキスマークを纏った名前の裸を見送りながら、今頃慌てふためいているであろう近藤さんの処理について思考を巡らせた。

普段から身の回りにいる数少ない気を許せる連中に思われ、それなりに幸せを満喫しているのがなんだかおかしかった。


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