今年も桜の季節がやってきた。近藤さんは毎年恒例の花見をやると張り切っている。そのために山崎は早朝から場所取りに向かっているし大量の酒や料理も準備できている。あとは俺らがそこへ向かうのみである。
「さぁトシ!俺らも出発しよう!」
「近藤さん、あんまり張り切ってると怪我すんぞ」
「そんなこといくら俺でも、」
といった矢先転ぶ始末。ったくこの人は…見た目は大人、頭脳は子供である。
「俺ァ名前連れて後から行く。総悟、近藤さんを頼んだぞ」
「へーい」
――名前がやって来たのは去年の秋ごろだったか、総悟の姉のミツバの訃報を知って江戸へと来た。悲しみに暮れる様子があまりに痛々しく、近藤さんは名前をこの屯所へ迎え入れることを決めたのだ。
「名前、昨日言ってた花見に行くぞ。近藤さんも待ってっから早く準備しろ」
「………」
昨日から様子が変だ。いつもだったらこの手の行事には真っ先に乗っかるやつだというのに何でこんなに暗い顔をしてんだ…?
「名前?」
いつまでも俺に背を向けたままの名前の顔を覗き込むとひどく泣きそうな顔をしている。
――ギュ、と俺の背中に腕をまわして、胸に顔を埋めて、…そんな名前のらしくない姿に驚いた。
「名前、どうしたんだ」
「桜は…嫌いなの、」
「なんでか聞いても良いか」
抱きついてきた名前の頭を撫でながら耳元で囁く。
「近藤さんと総悟とトシが…私とミツバ姉ちゃんをおいてった時にね、咲いてた」
「そうだったな…」
「だから桜を見ると、またトシ達がいなくなっちゃいそうだから……もうおいて行かれるのは嫌なの…っ…」
とうとう泣きだした名前に俺は内心焦っていた。
「私みんなのこと…トシのこと大好きだから、ずっと一緒に居たい…っ」
そんなこと言われて嬉しくないはずがない。俺は名前を抱きしめていた腕を離して静かにキスをした。
「あの時はすまなかった。だが…お前が望むなら俺はずっとお前の隣に居るから、もうそんな心配すんな」
「…ほんと?」
「ああ。だから近藤さんたちのところへ行くぞ。来年も再来年もずっと一緒に花見すんだぞ、忘れんな。」
そんな悲しい思い出は忘れて、今から楽しい思い出を作ろう。俺がそう言うと名前は満面の笑みを浮かべて再び抱きついてきた。…可愛いやつだ。もうちょっとだけこうしていても良いだろうか、
「トシ!お花見行こう!」
「…あぁ、そうだな」
……お預け、だな。
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