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師走



姐さんは人を甘やかすのが得意だ。
特に俺を甘やかすことについては天賦の才があると思う。土方さんは「あんまり総悟を甘やかすな」と姐さんに言うが、甘やかされている身としては心地いいのでやめられると困る。

「ねえ、沖田くん」
「なんでィ」
「なんか副長の様子おかしいよね」
「?」

いつも通り食事をしている土方さんを怪訝な表情で見つめる姐さん。俺にはいつもと変わらないようにしか見えないのだが、姐さんは疑うことをやめない。

「ちょっと行ってくる」

姐さんは数分観察したあと少し離れた席で食事をしている土方さんに詰め寄ると、隣の席に腰掛けおもむろに土方さんの額に手を当てた。

「あ、やっぱり」
「あ?何がやっぱりだよ」
「熱あるじゃないですか」
「ねェよ、んなもん」
「食事も進んでないしマヨネーズもいつもより少ないし、ボーッとしてるし。具合悪いんでしょう」
「悪くねェ」
「もうほら、今日はこれ残していいですから。あとでお粥作りますから、部屋に行きましょう」

食堂内が水を打ったように静かになった。
普段食事を残したら切腹だと鬼の形相で言う姐さんが、食事を残していいと言った。ありえない。食堂内のあちこちから「嘘だろ、ありえない」との声が聞こえる。厨房にいるおばちゃん連中もありえないとばかりに口をあんぐりさせている。

「いや、残さねェ。お前の飯残すかよ」
「いいからお部屋に行きますよ」
「頑固女」
「どっちがですか」

土方さんは姐さんに手を引かれ自室へと帰っていった。暫くして食堂に戻ってきた姐さんはテキパキと土方さんが殆ど手をつけていなかった食事にラップをかけ、おかゆを作り始めた。

「あ、山崎さん…冷えピタとかあります?あと解熱剤とか」
「なまえさん、副長の面倒なら俺が見ましょうか?」
「ううん、大丈夫ですよ。次の食事の時間まで時間がありますから」
「じゃあ宜しくお願いします。薬用意してきますね」

お粥ができると今度はそれをお盆に乗せて足早に食堂を出た。姐さんはきっと土方さんを甘やかすのだろう。突然構って貰えなくなった俺はつまらなくなり、さっさと食事を済ませて市中に出ることにした。全ては土方コノヤローのせいなので、どんな嫌がらせをしてやろうかと思案しながらの市中見回りであればいい暇つぶしにもなるだろう。





今朝はやけに冷える、最初はそれくらいに思っていた。しかしそれは勘違いらしく徐々に自分の体が弱っているのだと気付かされる。師走の忙しい時に…と自分の体を恨めしく思う。年齢のせいで無理がきかなくなっているのか、それとも限界がくるほどに無理をしすぎてしまったのか。恐らく後者だ。最近は色々立て込んでいたから睡眠すらろくに取れていなかった。限界がくる前からなまえに会うたびに顔色が悪いだのクマが酷いだの言われ続け、いつかダウンするから早めに休めと釘を刺されていたのにも関わらずこのザマだ。きっと体調を崩しているとバレれば「だから言ったでしょう」と呆れた顔をされるのは目に見えていた。だからなるだけいつも通りに振る舞おうとしていたのに、なまえはアッサリと俺の不調を見抜いたのだった。

「副長?お粥作ってきましたから、これ食べて少し休んでくださいね」
「忙しいんだよ俺ァ。休む暇なんかねェ」
「副長、これ以上拗らせたら1日じゃどうにもならなくなります。今しっかり休んで、それから復帰するのが最短ですよ」

言い出したら聞かない女だというのはよく分かっているので、俺はなまえに言われた通り粥を受け取った。

「隊服のままじゃツライでしょう?着替えはどこにあります?」
「良いって、ほっとけ」
「ほっとけないから言ってるんです。汗かいてるだろうから洗濯もした方がいいし」
「ったくよ、お前は母ちゃんか」
「奥さんです」
「はいはい鬼嫁な。着替えはそこの押入れん中だ」

なまえ特製の粥を食っていると、名前は俺の着流し一式を用意し一旦部屋を出て手拭いやら冷えピタやら薬やらを持って戻ってきた。

「用意良いなお前」
「お粥全部食べられました?じゃあこれ下げてきますから着替えててくださいね」

今度は空いた器を持って部屋を出た。
それからすぐに戻ってくるとテキパキと布団を敷いた。

「はい、寝てください」
「だから俺ァ…」
「副長、お願いだからあまり心配かけないでください」

手拭いで俺の額の汗を拭いながら、何故か切なげな目をしたなまえ。俺は咄嗟になまえの手を握った。何かを思い出して誰かと俺をダブらせているような、そんな感じがした。

「俺ァお前を置いて死んだりしねェよ」
「…ふふ、そうですよね。副長は死んだりしませんよね」

…自分を置いて死んじまった親父を思い出していたのだろう。いつも気丈に振る舞っているこいつは心に大きな傷を負っている。人の死に慣れた俺たちとは違い、いつも死というものに恐怖を抱いているのだろう。

「なァ、なまえ」
「はい」
「お前も少し時間あんだろ?」
「ええ、昼食の準備はもういいからって言われたので、夕食の準備の時間までは副長につきっきりですよ」
「そりゃ良かった」

丁寧に置かれた枕を取り払い、ここに座れとばかりに布団を叩くとなまえは大人しくそこに座った。俺はなまえの足に頭を乗せ横になった。

「え、膝枕?」
「たまには良いだろ。お前が休めっつったんだから」
「たまには旦那様孝行しなきゃいけないですね」
「お前はいつも孝行してくれてるよ。俺ァいつだって…お前に感謝してる」

優しく髪を梳くその手に段々と目蓋が重くなる。いつの日か、こいつが別の男に嫁ぐ日が来るかと思うと…夢見が悪くなりそうだ。

「副長、私がこんなことするの副長だけですからね」
「当たり前だ」

自惚れそうだ。だが、それも悪くない。

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