文/cold | ナノ


cold ― 1 ―


振り始めた雪は
ただ静かに積もり続けて

ほんの数時間もすれば
あたりは一面、真っ白な世界に変わる。

ここに降る雪は一度降り始めると
なかなか止むということを知らない。

ただ、ただ、静かに、静かに、降り続ける。


その日は一週間ぶりに雪が止んだ。


一人、さく、さく、と雪の道を歩けば、

通り過ぎる家々からもれる

笑い声や、

お腹を空かせたのか、はたまたペットの犬に大好きなオモチャを取られたのか、赤ん坊の泣き声と、

昔話――という名の自分の若かりし頃の恋物語であろう――を語る老人の心地よい、でもとても甘ったるい調べが、

ふさふさの毛皮でぐるぐるに巻いたはずの耳に入ってくる。


べつに、聞きたくなんてないのに。

拒絶したいのに、無情にも耳あてからすり抜けて聞こえてくる音に感情を入れてしまわないように

淡々と、適当に、解説じみた考察を付け加えて聞き流そうとした。




どこへともなく

一人、さく、さく、と

雪を踏みつけたり押し付けたりしてようやく作られた細く狭い道に、

さらさらと夜風に乗って舞い降り重なった、薄い粉雪の層を踏みつけて、歩く。


ふわり、と、

どこからか、温めたミルクの、優しくて、包み込まれるような、懐かしいような、甘い、香りがする。

そして、鼻孔に、記憶に、体に広がるその香りは、ついに自分が空腹であることを思い出させたようで、

空っぽのそれは一声、ぐう と啼いた。

思わず辺りを見渡すが、
自分以外は誰一人いるはずがなかった。

意思に反して体が香りのする方を探す。

その先には暖かそうな、柔らかい明かりと

ふざけあう声と

笑い声と

歌う声と……


イェナはぎゅう、と上着の裾を握りしめた。

夜風にさらされ続けたために凍えているのか、小さな手は小刻みに震えている。

手袋は家を出るときに忘れてきてしまった。

握りしめた手の甲に視線を落とす。

途端に鼻の奥がじわりと熱くなった。

数分前の出来事が脳裏によみがえる。

震えた手に更に力がこもる。

ぎりぎり、と音がしそうだ。

それを見つめる、視界がゆらいだ。

いますぐここでしゃがみこんで、声をあげて泣きたい。

その衝動を力いっぱいに押し込めて、

何もかも振り払うように、

イェナは走り出した。







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